中三の夏休み、8月の終わりの頃に模擬テストがあった。久しぶりの登校である。暑い最中にわざわざテストを受けに学校へ出てくる。3年5組の教室の中はイマイチ元気がない。
3学年の生徒は、7月末から8月早々には部活をほとんどが引退している。みんな何もない夏休みを過ごしていた。遊びに行くとすれば、学校のプールか川遊び、それにボーリングか映画など。
学校のプールは毎日行けば厭きてくる。川遊びは危険ということで、学校としては原則禁止しているから、巡回して監視する先生の目を気にしながら遊ばないといけない。これは面倒くさいので1、2回やったらもうやらない。ボーリングは大流行していたが、お金がかかるのでこれも偶にしか行けない。映画も同じくお金がかかる。中学生のお小遣いの額なんてたかが知れているのである。
模擬テスト5教科のうち、最後の英語の科目を残して昼休みになった。みんな弁当を机に置いて食べ始める。農家のAがいきなり座席を立ち、少し大きな声でみんなに話しかけてきた。
「うちの近所の空き地に大きな湖が突然現れたんだ。プールの何倍もあるような大きさだ。テストが終わったら、みんなで見に行かないか? すごいぞ!」
10人くらいの男子がそれに興味を示した。というより、いつものようにAがまた法螺を吹いたのではないかと疑っていたのである。だから現場へ行って、また噓をついたなとAをからかうつもりでみんなが話しに乗ってきた。
午後の英語のテストが予定どおりに終わると、Aを含めて7、8人がその湖だか何だかを見に行くことになった。田んぼの畦道を歩き林の中を通り抜けたところに謎めいた湖はあった。池と呼ぶ方が相応しいかもしれないが、確かに大きい。水面は青緑色になっていて底が見えない。何のために掘ったのか。宇宙人の仕業か。うーん…。ブルドーザーで掘った土が山になっていた。
みんなでこんなものが何で出来たのかいろいろ考えたが、この突然の出現について、中学生の頭ではまともな結論が出てこない。少なくともAの話しは法螺でなかったことだけは判った。
さて、それでは家に帰るかということになったが、時間的にまだ遊べる余裕がある。太陽もまだ西の高い位置のままだ。父親が小さな会社を経営しているBが「うちは今日は誰も居ないんだ。親が妹を連れて旅行に行っている。みんなで遊びに来ないか。何なら一晩泊ってもいいぞ」といきなり言い始めた。全員、それはおもしろいと賛成した。しかし親の許可がいる。
その後、Bの家に夕方やって来ることになったのは4人だった。クラスの中で特別に仲がいい訳ではない。それぞれテニス、ハンドボール、卓球、野球などの部活をやっていたが、夏休み早々に行われた地区予選の大会がとうに終わっていた。勝ち抜いて県大会へ出場した者は残念ながら誰もいなかった。入学してから続けていた部活はこの夏でもう終わり。模擬テストだろうと何だろうと、クラスの仲間に久しぶり会うことはいくらかは退屈しのぎになる。湖なるものを見に行く話しだって、テストが終わってから家に帰ってもみんな何もやることがないから付き合っただけのことである。
誰かの家に集団で一晩泊るとなると、スリリングなおもしろさがある。親が許してくれれば誰だって誘いに乗ってくる。
来るメンバーが全員Bの家に揃うと茶の間でトランプや回り将棋などをして遊んだ。他愛もない話題でみんなが代わる代わる話しを始めた。しかし何か他人行儀なところがある。会話が少しぎこちない。やっている部活が違っていたので、話しの接点があまりないのである。それまでは同じ部活の仲間がくっついて遊ぶのが普通だった。クラスが同じということで一緒に遊ぶというような経験はほとんどなく、今回が初めてのものと言えるのかもしれない。
そのまま日が暮れて、蜩の声も鳴き止む。夕飯は中華そばの出前を頼むことにした。中華そばくらいならお小遣いで何とか出せる。昼間は暑かったが、8月も下旬となれば、蒸した暑苦しさはなくなっていた。茶の間で麺を啜りながら汗をかいていたが、食べ終わると涼しい風も吹いてきてどこか心地よい。すっかり夜の帳が下りていた。
テニス部の主将だったCが、みんなを前にして、クラスの中の好きな女子の名前を上げないかと、いきなり提案してきた。女子と仲良くしたがっているCらしい発言だったが、みんな最初は戸惑いを見せた。そしてCが自分からクラスのM子が好きだと言ったのである。何と正直なことか。自分から言い出したのは偉い。それに釣られるようにして、ハンドボール部だったDが、実はN子が好きだと告白した。
M子は特別に頭がいいという訳ではなかったが、目がぱっちりしていていつもおとなしい印象だった。N子はお洒落でいいところのお嬢さんという感じ。いいところと言っても、ここは田舎なのでたかが知れている話しではあるが。それからはさらに卓球部のEがM子、バスケット部のBがN子にそれぞれ1票ずつ入れた。
そして最後に野球部で4番サードのFの番である。M子とN子の票が同数なので、決選投票のようになってどちらかに軍配が上がるような雰囲気になってきた。変な緊張が走る。Fはなかなか言わない。さすが元生徒会長の優等生。みんなで体を押さえつけて何とか好きな女子の名前を吐かせようとする。観念したのか、Fが「分かった、分かった。名前を言うから体から離れろ」と少し気色ばんだ表情になってきた。みんな慌ててFの手足から離れる。
緊迫した空気が少し収まったところで「O子が好きだ」と、ポロっとFがこぼした。ちょっした間を置いて一同が大爆笑した。O子はクラスでいつもきゃんきゃんしていて一番うるさい。成績も大したことはない。典型的な弄られキャラだった。そんなO子をよりによって模範生徒みたいなFが好きだとは…。
3年5組の今年の10大ニュースにもなるくらいの衝撃だった。もちろんそんなニュースはもともと存在しないが。何故O子が好きなのか、みんなが質問攻めしてくる。しかし開き直ったFは、騒がしいけどあまり他人の陰口もたたかず偶に素直なところを見せるのが好きだと告白した。
今度はしーんと静まり返った。それはそのとおりだった。みんな正直にそれを認めた。確かにそこに惹かれる気持ちは分かるのである。
こんな話しからどんどん発展していって、クラスの女子の一人一人について何か言いたくなってきた。5人とも堰を切ったように喋り始める。こういう会話など、今まで一度もしたことなどなかったというのに…。時が経つのを忘れるくらい、みんなで喋り尽くした。
それから夜も更けて隣室の応接間に移り、ステレオでビージーズの「メロディ・フェア」や南沙織の「17才」のドーナツ盤を何度もかけてみんなで聴いた。そして口ずさんだ。いつの間にかみんな喋り疲れて、茶の間に戻って雑魚寝で一夜を明かした。
翌日も太陽が昇り、残り少なくなった夏の朝が来た。みんな寝不足だった。昨夜話したことが遠い過去だったような気持ちになっていた。そしてみんなBの家を出て、それぞれの自宅へ歩いて帰った。
もうすぐ2学期。受験の準備がいよいよ始まる。でもそんな勉強はまだ誰もほとんどやらない。部活を引退した時間の穴埋めに勉強なんかを始めるほど素直ではないのだ。
日もさらに短くなって秋風が吹き始めると、急にクラスの仲間意識が高まったような気がした。少し大人びた感じにもなってきた。来年の2月、3月には受験があり、その後卒業していくことを少しずつ意識してきたのだろうか。教室の中での派手な喧嘩も1学期ほどはしなくなっていた。
それから5年後、みんながそれぞれの高校を卒業して社会人になったり大学へ進学したりしていた頃、O子が病気で亡くなったという噂が広まった。女子の何人かは葬式に参列したらしい。そして男子では、某有名大学法学部へ進学していたFだけが、どこで聞きつけたか知らないがクラスの男子では一人お線香を上げに葬儀へ行ったらしい。
Fは弁護士になって家庭も持ったが、その後何度もあったクラス会には、エリート面など決して見せずいつも気さくに参加していた。
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私は川柳塔の同人なので、新家完司さんのブログを見ています。
何気なく開いた三上様の 「中3の夏の終わりに」 の題に惹かれて読ませていただきました。
とても素晴らしいエッセイで 胸がジンとしました。
中学3年生ってこんなですよね。
楽しい一泊をともに過ごされて 良い思い出になって良かったですね。私の初恋も中3でした。
初恋の人が死んだというしらせ そのまんまの駄句ですが胸キュンでした。
蕉子さん、ありがとうございます。
お会いしたこともない方からコメントされて、素直に嬉しく感じます。
いつも読ませて頂いています。蕉子さんと同じく感動しました。大人への階段、短編になりそうな夏の終わりの思い出 久々に清々しい朝になりました。
加代さん、ありがとうございます。
お言葉をいただいて、これからの励みになります。
お邪魔します。
タイトルに惹かれて 拝読しました。
感動しました。ありがとうございます。
お久しぶりですね。
コメント、ありがとうございます。