Loading...Loading...

 私の右肩にあるアテローマ(アテローム・粉瘤腫とも言う)が2か月前に爆発した。アテローマのことを知らない人には何のことか分からないだろう。Copilotに説明してもらうと、「表皮の一部が皮下に入り込み、袋状になって増殖したものをさす。袋の中には角質や皮脂が溜まり、豆腐の粕状になることがある。耳たぶ、背中、顔面部などに多く発生し、徐々に大きくなる傾向が見られる。炎症を起こすと腫れや痛みを伴うこともある」
 私のアテローマは今から30数年前、平成5年頃に突如現れたものである。小さな瘤みたいなものという認識だったが、万一悪性のものであったらまずいと思い、同僚に言われるままに職場である私立医科大学の附属病院の外科外来を受診した。当時のことは今でもよく憶えている。
 診察した初診当番の医師はすぐにアテローマと診断し、外来手術で治すことが出来ると言う。それでは手術してもらうかと覚悟を決めて予約を取った。数日を経ていよいよ手術日を迎える。昼食も取らずに来院するようにと指示されていたので、一応そのとおりに空腹の体で外来へ行く。初診の時とは別の手術担当医師が「本当に手術しますか」と念を押してきた。このまま放っておいても別に問題ないのだが、どうしても手術して取り除きたいと言うなら執刀すると言う。
 そう言われると、無理にそうしたいという気持ちはないので、(せっかく覚悟を決めたというのに)考え直して止めますと答えるほかはない。初診の時と対応が全然違う。医者も考え方は区々なのだと改めて思い知った。30年以上前の大学病院の外来とは、こんな雰囲気が漂っていたのである。今だっら、クレームを付けてもいいような案件になっていたかもしれない。
 その後、そのとおりに放置していた。別に痛みがある訳ではない。しかし、偶に溶岩が流れ出るような小爆発を起こしていた。豆腐の粕状のペーストが吹き出てくる。これが発酵食品のように臭う。自分の体から出てきた所為もあるのか、少なくとも私(わたくし)的には常習的に嗅ぎたくなる匂いに感じられる。チューブを搾るように瘤を指で抓むと少しずつ押し出される。指に付着したわずかなペーストの匂いを嗅いでみる。何とも気持ちがいい。周囲には妙な臭さとしてちょっぴり漂うようで、誰かがオナラをしたのではないかと勘違いされることもあった。その時の私はいつも黙っていた。
 そんなことを度々経験してきたのだが、次第にこの瘤も大きくなってきた。そして今回の爆発が起きた訳である。いつものように指で抓んだのだが、実はこれが良くなかった。溶岩の流出が止まらない。ネットで調べると、指で抓んで押し出すことはやってはいけない処置だったのである。
 うーん、数日間は何とか我慢して様子を見ていた。というか右肩の後ろなので、鏡でもよく見えない。しかし、いくらか出血も続いて肌着は毎日汚れていた。
 その後これは少しヤバいかもと次第に思い始め、さらにネットで調べてみた。アテローマは形成外科か皮膚科を受診するのが一般的であることが分かった。隣町にこの二つを標榜している医院があることを見つけて早速受診することにした。
 スマホの画面から初診の予約をとって出掛けて行くと、大層混んでいる開業医だった。ペーストを搾り出して消毒を行い、都合3回の通院で何とか治ることが出来た。主治医には敢えて訊かなかったが、おそらく外科的な手術ではなく皮膚科的な処置をしてくれたのだと思う。
 独居老人として面倒なことも起きた。自宅の風呂に入る場合はガーゼを当てた傷口を濡らさないようにして軽い入浴にしていたが、液体の消毒液と軟膏の化膿止めを塗るのが厄介だった。これを一人でやるのはなかなか難しい。誰かが居てくれれば助かるのだがという心境になるが、今更そんなことを愚痴っても仕方がないと、すぐに気持ちを切り替えた。風呂上がりに毎日液体と軟膏を塗布してはガーゼを当て、仕上げに絆創膏で止める処置を手鏡も使わず何とか自分でこなしていた。
 内服薬の抗生剤を処方されたが、その副作用で下痢状態が服用中にずっと続いた。これには参った。食べたらすぐにお腹を下す。予めそうなることは医者から説明を受けていたが、言われたからといって覚悟しようもない。処方された薬局では、薬は飲み切ることと言われていたのでそのとおりにしなければいけない。何とも辛い1週間だった。
 というようなことで、その後傷口は1週間程度で塞がったような感じである。また豆腐の粕状のペーストが溜まって膨らむかもしれない。その時は指で抓むようなことは絶対にすまいと肝に銘じた。あの癖になる匂いを嗅ぐことはもうやらない。
 右肩にポッコリとアテローマが現れ、今年で私は70歳。思えば人生の半分はこいつと付き合ってきたことになる。腐れ縁みたいなものだった。今回の通院でとりあえずポッコリは凹んで平らになったが、痕は残されたままである。これも私の人生の痕跡になるだろうか。

ポストする LINEで送る ブックマーク
❤️ ひざポン
ありがとう!

「なるほど!」「いいね!」
心が動いたらポチっ(無記名)

コメントはこちらから

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Post Navigation

Copyright All rights reserved. SHINYOKAN PUBLISHING illustration by Nakaoka.K