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 関西に暮らしている娘夫婦の孫娘がママのスマホを借りて、よくLINEのビデオ通話を私にかけてきた。大体は夕方の時間帯である。そしてそれは必ず私が自宅に居る時にかかってくる。なんでそうなのかいつも不思議に思っていて、ある時何かの電話のついでに娘に訊いてみると、孫娘はビデオ通話したくなったら栃木のじいじの位置情報を予めスマホで確認し、自宅に居れば電話をかけるようにしているという。いつの間にかスマートなやり方を覚えているようだった。まだ小学生に上がる前なのに、ある程度の文字(ひらがな・カタカナ)と地図情報は読めるらしい。
 孫娘とどんな通話をしているかというと、いつもエフェクトをおもちゃにして他愛のない変顔のやりとりをする程度である。ところが昨年小学生になり、少し成長して交遊関係の範囲も広がったのか、ビデオ通話も次第に来なくなった。クラスの友だちと遊ぶことの方が優先されるようである。うーん、少し淋しい。
 さて、スマホの位置情報は便利なものである。4年前に独り暮らしとなってから、娘が位置情報のアプリを使って私の生存確認をやり始めた。これは別に気にならない。プライバシーの侵害などとも思わない。逆に娘家族が休日に何処へ遊びに行っているのかが知れておもしろい時もある。
 安否確認という言葉があるが、これは災害等の緊急事態が発生した場合に使うようで、独居高齢者の日々の暮らしぶりを確認する時は安否とはあまり言わないようである。これはネットで調べた。
 私の川柳仲間、正確には今はほとんど付き合いのなくなったかつての仲間なのだが、100歳になる方と90代後半の方がいる(いずれも女性)。前者は今でも毎年年賀状を送ってくる。後者は、数年前に私に教えてもらいたい用件があって、久しぶりに電話がかかってきたことがあった。
 両人とも家族と一緒に暮らしているが、穿った見方をすれば、私に対して今も自分は健在ですという意思を伝えるために年賀状を寄こしたり、電話をかけてきたのではないかと思った。端的に言えば、私はまだ死んでいませんという言外のアピールが込められているコミュニケーションということになる。
 孤独死とか孤立死とか呼ばれるケースが増えている。以前はショッキングに報じられたことが、今ではありふれてきてその話題性も小さくなってきた。これは当人ではなく周囲の人間の心情についてのことになるが、死後ある程度の日数を経て遺体が腐敗していく様子は、誰にとってもあまり想像したくないものである。スマホの位置情報はこれをなるべく避け、早い発見につなげるためには効果的なツールだろう。位置情報が固まったままだと家族や周囲の人間が気がかりになるのは当然のことである。勿論、男女関係などではしばしば犯罪に使われてしまうこともある。位置情報を送る発信器を使ったストーカー犯罪などが発生している。
 こんなことを書きながら、久し振りに開かれた中学校の同窓会のことを書いたブログを思い出した。2024年6月30日に載せた「同窓会の影にあるもの」の中で、以下のように記している。

 [円卓を囲んだ私のクラス仲間について話す。いつもにニコニコしていたがあまり会話の輪には入らず口数の少なかった男子。たしか高校へは進まず、職業訓練の学校へ入ったと記憶しているが、まさか顔を出すとは思わなかった。勉学に付いていけず、体育も駄目でよく馬鹿にされていた男子。だが今ではスーツにネクタイのきちんとした身なりを見せて着席していた。性格が極めて地味で将来の職業はお手伝いさん(家政婦)になると何かで書いていた女子。相変わらず地味で大人しかったが、よく来てくれたものだと感心した。母親がいない貧しい家庭で育ち、いつも服装が汚くて男子にからかわれていた女子。その面影を全く払拭し、凛とした姿になっているのには驚いた。
 こういった人たちに対して、当時の私もからかったり馬鹿にしたりした一員であることは今更ながら素直に白状する。私は決して模範的な生徒ではなかった。悪ガキ仲間の一員と呼ばれても仕方がない。だから会って気まずさも感じた。今になって謝りたい気持ちもなくはない。でも、敢えて昔のことを蒸し返すのもどうか、とも思った。…]

 同窓会を開くことも生存確認めいたところがある。出席して、それなりに自分の人生を送っていますと顔を見せに来る。全員が還暦を迎えた時の久しぶりの同窓会には出席したが、それ以降に開かれた会には出て来なくなった者も結構いる。そういうタイプは、生存確認は一度でいいと考えているのかもしれない。同窓会名簿は、可能な限りの情報を集めて最新のものに更新している。名簿には物故者のリストもあり、生存確認はそれからでも一応は判るが、とりあえず一度だけでも元気な顔と姿を見せておきたいと思うのだろうか。
 同窓会の出席者数は開催するたびに少しずつ減ってきている。逝去のほかに健康上の理由などの諸事情もあるだろう。親もほとんどが亡くなっているので、家族の介護で出席できないというケースはさすがにほとんどなくなったようである。
 ちなみに我が中学校の同窓会では、会の開催にあまり関心がなく積極的に出席しようと思わない者の比率はどうも女子の方が高いようである。これは全国的に当てはまることなのだろうか。女子の方が懐旧の念に駆られることもなくメンタル的に強いのか? その点男子は弱い? うーん、…。

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