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 大学5年生の時(卒論だけを残して自主留年していた)、かなりの時間的余裕があったので、ラーメンの食べ歩き(自転車も持っていなかったのでほんとに自分の脚で歩いていた)みたいなことをしていた時期があった。東京の赤羽に下宿していて、お昼時に街歩きしながら適当な店を選んでは暖簾を潜っていた。
 当時のラーメン屋事情は今とはかなり趣が異なっていたと言えるだろうか。あの塩分濃度がかなり高い、「濃厚」とか「こってり」とかを謳い文句に派手な看板を出している大手チェーンのラーメン店は、まだあまり広まっていなかったと記憶している。だから個人経営のラーメン屋でしかラーメンは食べられない。
 そういった店のメニューは独自の手作りがほとんどである。餃子はもちろんのこと、ラーメンのスープも店それぞれの味を出している。料理も客からの注文を受けてから作り始めるので、今の大手チェーン店のように炒飯を作り置きしておいて、注文が入ると温め直して皿に盛るようなことは絶対にしない。だから出来上がった炒飯は湯気が立っているアツアツだった。
 そういう作り方だったので、お昼時に入るとどこの店も大抵は混んでいて待たされる。注文してもなかなか料理が出てこないので、漫画雑誌などを読んで時間を潰す他はない。タイパが重視される今では考えられないやり方である。昼食として店に入る場合、私は午後1時過ぎから2時ぐらいの間を狙うようにしていた。その頃はピークも過ぎて店の中の忙しない雰囲気も少しずつ収まってきている。そうすると、料理が出るまでの待ち時間も短くなり、食べ方もゆっくりとテレビの画面を見ながら、あるいは新聞・雑誌を捲りながら落ち着いて味わうことができる。
 さて、店毎に味が異なるラーメンの食べ歩きを続けている(毎日ではなかったが)と、付加価値のあるラーメンも食べたくなってくる。ある時、叉焼(チャーシュー)の旨さに開眼した。ラーメンに1枚載っている叉焼は店によって味も大きさも違いがある。という訳で叉焼麺の食べ比べをしようと思い立った。値段は普通の醤油ラーメンの2~3割増しになる。しかし、貧乏学生の癖にそこは何とか目を瞑った。
 今時のラーメン屋の叉焼はどこでも大体がパターン化している。いくつかに分類出来て、独自の製法で手間暇かけて作られている店もあるにはあるが、大方は同じような味と形状になっている。当時はそうでなかった。店によって、肉の味の濃さ(塩辛さ)や切り方・形が区々だった。だから店に入って注文するたびに緊張感が走った(ちょっと大袈裟か)。どんな味の叉焼なのか。何枚載っていて、大きさだけでなくどれくらいの厚みなのか。期待していたものとは違ったハズレの叉焼だと損した気持ちになったものである。偶にあまり美味しくない大ハズレのもの(例えばしょっぱ過ぎる)に当たってしまうこともあった。今から振り返ってみると、当たり前と言えばそのとおりだが、ラーメン屋には店毎の個性があったことをしみじみ感じている。ついで言うと店主も店毎に個性を出していた。
 現在のラーメン業界の主流となっているチェーン店の味付けの濃さは、うまく飼い馴らされると私は思っている。私自身もそういう店に若い頃はハマっていたが、60歳頃から塩分の多さに辟易し、その後高血圧の診断を受けてからは遠ざかるようになった。
 各地に展開されているチェーン店に入って、食べたことが何度もあるラーメンを注文する安心感もいいだろうが、初めて入る個人経営の店の緊張感も捨てがたい。大袈裟に言えば「孤独のグルメ」みたいになってしまうが、私は大学5年生の時に「[プチ]孤独の[ラーメン]グルメ」を経験していたのである。
 赤羽には卒業後、東京出張のついでに30年振りに訪れたことがあった。私が学生の時に入ったラーメン屋がわずかに残っていた。その後退職して37年後に再び訪れて街歩きした時には、当時のラーメン屋は1軒もなく消えていた。

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