我が町では毎年7月に地域の夏祭りがある。町内の御神輿や山車が通りに繰り出されて人が集まる。夏といえば何処にでもあるような風物詩の一つであるが、どんな賑わいだろうかと今年は久しぶりに一人で足を運んでみた。いずれこの街を離れて遠くへ引っ越すことになっているので、見納めになるかもしれないと思って出掛けたのである。例年梅雨の時期に重なっているので、かき氷が美味しく感じる暑さになかなかならない。しかし今年は梅雨明け前の暑さが来ていたので、露店のかき氷の売れ行きは好調のようだった。
春頃から祭り開催のポスターが町の至る所に貼られていたのだが、同時に神輿の担ぎ手も募集していた。ポスターの隅にある二次元コードをスマホで読み取れば、町内在住者以外でも担げる案内が画面から覗けるようになっていた。そこまで募集しないと神輿が担がれないのか。ある程度は予想していたことだが、祭りの開催すらも大変なご時世になっているのだと改めて実感した。人口減少、少子高齢化は確実にここまで来ている。我が町はかつて話題になった「消滅可能性自治体」には該当していないが、いずれはそれに加わることになるのだろうか。
通りに並んだ出店の数は以前より減っているようである。娘がまだ小学生だった20数年前の頃に比べて少ない。それでも地元の小中学生がワイワイ楽しんで食べ歩いている光景を眺めると微笑ましく感じる。50年以上前、同じような子供だった自分のことも思い出される。小遣いも少なくて出店は見て歩くことがほとんどだった。
一番驚いたのは、夜の8時頃、祭りのピークに練り歩く神輿や山車の数が僅かだったことである。かつては沿道で眺めていて危ないくらいにたくさんの神輿が競って揺れ動いていたが、その面影はかなり萎んでいた。うーん、深いため息である。いずれお祭りがフェイドアウトされるような近未来を想像してしまう。この楽しみがなくなってしまうと、子供たちが可哀そうである。老婆心から言わせてもらえれば、少子化が負のスパイラルのように進行していくと子供たちの楽しみも同時に消えていく。何と哀しいことか。
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経師屋だった父は、身の丈を越す大団扇を拵えて、町の祭りに参加、ご祝儀の額と名前を半紙に書いて、張り出す仕事も欠かしませんでした。僕まだ高校生ですといっても、飲め飲めと酒を注ぐお祭り親父が沢山いました。
良一さん、コメントありがとうございます。
経師屋という言葉を初めて知りました。この歳(今月に70歳になります)で勉強することはまだまだありますね。