
毎月の初め、○月一日という日は、必ず忙しい。
まず、前月の個人的なこと、社会的なことを棚卸しする。何をやったか、何をやり残したか。月が変わるたびに、否応なく一度立ち止まらされる。
そこへ新聞の投句ハガキがまとめて届く。
一枚一枚読んでいくと、その月に世の中で何が起き、そこで人が何を考えたのかが見えてくる。新聞の記事とはまた違う、生身の社会の断面である。川柳は、社会の出来事が人間の感情を通過した後に、また社会へと残す記録である。
そして一日は、過去を振り返るだけではない。
この日を起点に始まる公募が、やたらと多い。もちろん川柳だけではない。「一日の午前十時から受付開始」などという、かっちり攻めてくるものまである。
「○○月間」「○○週間」といったキャンペーンやイベントも、一日から始まることが多い。
サブスクも、ヨガ教室も、何かの会費を払って新しいことを始めるものは、なぜか「一日から」が多い。
つまり、一日は二つの顔を持っている。
前半は、過去を振り返る時間。
後半は、未来へ踏み出す時間。
そう考えると、一日は単なる月の区切りではない。過去と未来が、真正面からぶつかる交差点なのだ。
そういえば今日は九月一日。
関東大震災にちなむ「防災の日」である。同時に、震災時の朝鮮人虐殺など、災害とともに浮かび上がった外国人差別についても考えさせられる日だ。
防災も、人権も、過去を忘れないことが未来を繋ぐ営みである。
今朝は足がつって、午前零時に目が覚めてしまった。
おかげで、こうしてブログが一本書けた。
さて、九月も始まり今年も残すところ4ヶ月。
過去を棚卸しし、未来に投句しよう。
朔は生の社会に体当たり 木立時雨
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