家族で川柳をやっている方がおられる。川柳マガジンに登場する著名な方々はもちろん、私の身近なところでも、夫婦、親子、祖母と孫と、さまざまな組み合わせで川柳を嗜んでいる。
中で私が気になるのは夫婦である。
羨ましいからではない。その関係性が面白いのだ。
ライバルなのか、師弟なのか。それとも互いの句にヒントをもらう協力者なのか。出来上がった句を見せ合うとき、どんな会話が交わされるのだろう。
「いい句だね」
「あなたのもね」
ちょっと背中がカユくなる。
そんな平和な会話ばかりとは限らない。
私は読売新聞宮城県版の川柳選者をしているが、夫婦で投稿される方が複数おられる。
もちろん、住所と苗字と年齢からおそらく夫婦だろうと推察してだけで、実は兄妹かもしれないし、まったくの赤の他人かもしれない。ここでは夫婦ということで話を進めよう。
二人ともそれなりの作品を送ってこられた場合、当然二人とも掲載することがある。
そこで、私の遊び心が顔を出す。
二人の句を並べて掲載するのである。
目に付きやすい。知人が見れば「あそこのご夫婦は川柳をやっている」と分かる。
そして、これを見た誰かが、「うちも夫婦でやってみようか」となれば選者としてはしめたものである。
ところが、我が家にはその可能性がない。
家人は自分の趣味に忙しく、川柳には興味が無い。ならば家人を川柳のネタにしてしまう手もあるのだが、私はあまり積極的にはやっていない。
以前、一度だけ家人をネタにした句が入賞したことがある。
ところが、その句に著名な選者が、私の意図とはまったく違う解釈を施して評を書いた。
それを読んだ家人と、見事にケンカになった。
川柳は短く、解釈の余地が広い。
夫婦で互いをネタにしなくても、お互いの句を読んで解釈し合うだけで危険なことが起こる。
こちらはそういう意味で書いたのではないのに、相手はそう読む。それをこちらがまた別の意味に受け取る。
まるで、マイクがスピーカーの音を拾い、それをまたマイクが拾い・・・と、限りなく音量が増幅していくハウリングである。
私は大音量のバンドではハウリングしないデジタルアコーディオン(写真)を愛用している。

しかし、夫婦関係はデジタル制御できない。
だから私は思う。
家人とあまり正面から向き合わないで生きるのも生活の知恵だ。
向き合わなければハウリングしない。
向き合うと不幸 マイクとスピーカー 木立時雨
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時雨さん、こんにちは。
ブログ楽しみにしています。
ちゃんと向き合っている、でもハウリングしない適度な関係、この歳になり少し分かるようになりました。
敏彦さま
コメントありがとうございます。
私の存じている敏彦さまでしょうか。
距離感とベクトルは、すべての人間関係の基本かもしれませんね。