天皇家といえば和歌。
ならば、ここに川柳をぶつけられないか。
――そんな川柳テロリストの野望と挫折の物語である。
公共のブログでこんなことを書いていいのかどうか、正直なところ少々迷う。とはいえ、これはあくまで失敗談。むしろ「そんな馬鹿なことを考える奴がいるのか」と、エンターテインメントとして楽しんでいただければ、川柳マガジンもきっと喜んでくれるだろう。
さて、私は見た目と違って(笑)、かなり過激な人間である。
『お魚川柳』を出版し、水産経済新聞で魚の研究と、そのテーマに合わせた川柳の連載を続けていたころ、私は水産業界の一部で「川柳の人」として、ほんの少しだけ知られるようになっていた。
しかし、もっと川柳を世に知らしめたい。
その野望が、ついにはとんでもない方向へ向かった。
天皇陛下に、自作の川柳を上奏しよう。
考えてみれば、かなり無謀である。
権威ある側から人々を思って詠まれる和歌。
その一方で、庶民の側から世の中や権威を眺めて詠む川柳。
ベクトルが真逆のものを、皇室にぶつけようというのだから、これはもう暴挙と言っていい。
とはいえ、天皇家と川柳にまったく接点がないわけではない。
上皇陛下の英語教師を務めたR・H・ブライスは、戦後の日本文化を海外に紹介した人物であると同時に、川柳を世界に紹介した川柳研究者でもある。
ならば、天皇家と川柳を結ぶ糸が一本くらいあってもいいではないか。
そう考えた私は、密かに「その日」を待つことになった。
そのチャンスが訪れたのが、全国豊かな海づくり大会である。
天皇皇后両陛下が各地を訪れ、地域の海や水産業に触れ、魚の放流などを行う大会だ。当然、その場では魚について説明する人間が必要になる。
そして、なんと私は、その役目に恵まれることになった。
来た。
ついに来たのである。
その日を目指して、私は「目的とする川柳」をひそかに作った。
さらに、他県での大会で、魚の説明役と陛下がどんなやり取りをしたのか、どの程度の時間が与えられるのか、どんな説明をしたのか――可能な限り情報を集めた。
他県の担当者から直接話を聞いたこともある。
もちろん、説明時間は秒刻みである。
そこへ「ところで川柳を一句……」などと余計な話を差し込もうものなら、周囲から止められるに決まっている。場合によっては宮内庁からストップがかかるだろう。
だから、すべては私の心の中だけにあった。
完璧な作戦だった。
……少なくとも、私の頭の中では。
しかし、そこへ想定外の強敵が現れた。
コロナである。
その年の全国豊かな海づくり大会は延期。
そして翌年の大会では、放流行事がオンラインで行われることになった。
魚は画面の向こうで放流された。
そして――
天皇陛下は来なかった。
私の出番もなかった。
野望は、あっけなく潰えた。
天の岩戸は、固く閉じられたままだった。
私が仕掛けた川柳という名の爆弾も、日の目を見ることなく不発に終わった。
踊ったアメノウズメは、踊り損である。
ところで、読者の中にはこう思う方もいるだろう。
「で、いったいどんな川柳を作ったんだ?」
ごもっともである。
しかし、テロリストがどこにどんな爆弾を仕込んだのか、そう簡単に教えるはずがないではないか。
ただ、私の想いだけは句にしておこう。
川柳をアメノウズメに習わせる 木立時雨
天岩戸を開けたアメノウズメに、今度は川柳を仕込む。
そんな壮大な計画だったのである。
……もっとも、アメノウズメは、私の弟子のバンド名でもあるのだが。
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ようこそ、川柳長屋へ。
宮城県と言えば、雫石隆子先生。
大会にまたおじゃましたいとずっと思いながら、なかなか行けません。
よろしくお伝えください。
わたしも、読売の「和歌山よみうり文芸」選者をさせていただいています。
話しが合うかも、ですね。
そんなこんなで、どうぞ、よろしく。
面白いブログを期待しております。(*^^*)
たむら先生、コメントありがとうございます。
是非東北の大会にもご参加ください。私も昨年の神戸での全日本大会に出席、今年の四万十での国民文化祭にもお邪魔するつもりです。隆子先生共々宮城のおいしい酒とともに待ってます。
新聞選者については、投句数の低迷に悩んでいます。相談に乗ってくださいませ~