先週、東京から来た友人と一年ぶりに酒を酌み交わした。
話の中で「ペルソナ」という言葉が出た。
本を書くなら、誰に読ませたいのか。その対象を、実在する一人の人物のように具体化した仮想の人物像である。ビジネスではよく使われる言葉だ。
彼は一人で検定を企画し、立ち上げ、運営し、毎年ガイドブックまで作り直している。出題もガイドブックも、全国を歩いて自分の足で集めた膨大な知識が土台になっている。


その彼が、問題を作るときには「ペルソナ」を思い浮かべるという。
「この問題を、彼ならどう考えるだろう。どう解くだろう」
その一人を頭に置くことで、問題の出し方が決まってくるらしい。
なるほど、と思った。
考えてみれば、私にも同じ経験がある。
一冊目の川柳本『宮城発!お魚川柳』を出版するとき、私の脳裏には、読ませたい相手がはっきり存在していた。
宝塚市で出会った親子である。
震災後、復興関連の交流で宝塚市を訪れたとき、私はその人たちから「宮城の魚は絶対に食べない」と言われた。
水産物の放射能検査について説明した。その他の安全対策についても話した。だが、何を言っても届かなかった。
ならば、言葉で説得するのではなく、宮城の魚のことを、もっと多くの人に知ってもらおう。
その「一人」がいたからこそ、私は川柳本の企画書を書いた。
数十の出版社に企画を送りつけた。反応があったのは二社。そのうちの一社が新葉館出版だった。
本は、万人に向けて書くと、誰にも刺さらない。
少なくとも私の場合は、一人の顔を思い浮かべたときに、書くべきものが見えてくる。
そして今、三冊目となる川柳本の出版を準備している。現在、二校目の校正中だ。
今回も、読ませたい「貴方」がいる。
『お魚川柳』のときほど具体的な顔が浮かんでいるわけではない。それでも、私の中には明確な一人の人物像がある。
誰なのかは、ネタばれになるので、今は書かない。
ただ、あとがきにはきちんと書いておこうと思っている。
この本は、「貴方」のために書いた。
だから、「貴方」に読んでほしい。
そんな思いを抱えながら、今日も一字、一句を校正している。
川柳は、誰にでも届くように放つものではない。
たった一人を狙って放つ。
その一人の胸に届けばいい。
レーザービームのように真っ直ぐに。
レーザーのように貴方へ575 木立時雨
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