世界の名フルーティストの系譜
~モイーズ、ランパル、ニコレ、ゴールウェイ、パユへ~
今日は、音楽の世界、特にフルートという楽器について名フルーティストの系譜を辿ってみましょう。私自身も学生時代から学生オケでフルートを演奏してきたこともあり、ちょうど良い機会なのでまとめてみたいと思います。フルートの魅力は、その音色にあります。特に人間の息そのものが音となり、歌い、語り、時には激しく感情を表現するところにあります。20世紀から現代にかけて、その可能性を大きく広げてきた名奏者たちは次の通りです。他にも多くの名フルーティストがいますが、今回は特にフルート界に大きな影響力を持った名演奏家についてまとめてみました。マルセル・モイーズ、ジャン=ピエール・ランパル、オーレル・ニコレ、ジェームズ・ゴールウェイ、そしてエマニュエル・パユ。この五人をたどると、近現代のフルート演奏史そのものが見えてきます。
1 マルセル・モイーズ
――「フルートを歌わせる」ことを教えた巨匠
Marcel Moyse(1889~1984)/フランス
近代フルート奏法を語るうえで、マルセル・モイーズの存在を抜きにすることはできません。彼のフルート基礎練習用のテキスト「ソノリテ」は今もフルート愛好家のバイブルとして愛用されています。私も、この「ソノリテ」を活用して基礎練習をしています。モイーズはパリ音楽院で学び、ヨーロッパ各地でオーケストラ奏者、独奏者として活躍した。イベールの《フルート協奏曲》を初演した奏者でもあります。その後、パリ音楽院やジュネーヴ音楽院で後進を指導しています。
第二次世界大戦後の1949年にアメリカへ移住し、1951年にはルドルフ・ゼルキン、アドルフ・ブッシュらとともにマールボロ音楽祭の創設に参加しています。モイーズの最大の特徴は、フルートを単なる管楽器としてではなく「人間の声のように歌う楽器」として捉えたことです。名著『De la Sonorité(ソノリテについて)』をはじめとする教則本は現在でも世界中のフルート奏者に使用されている。美しい音を出すことだけではなく、息、音色、フレーズによって音楽を語ることを追求しました。モイーズの功績を一言で表せば、「近代フルート演奏の土台を築いた教育者」と言えます。
2 ジャン=ピエール・ランパル
――フルートを世界的な独奏楽器にしたスター
Jean-Pierre Rampal(1922~2000)/フランス
ランパルはマルセイユに生まれ、父ジョゼフからフルートを学びました。当初は医学を学んでいましたが、第二次世界大戦中にパリへ移り、パリ音楽院でガストン・クリュネルに師事。一等賞を獲得して首席卒業し、その後、パリ・オペラ管弦楽団などを経て、世界的な独奏活動へ進んでいます。ランパルは何度も来日しリサイタルも全国各地で演奏しました。私も若かりし頃、何度か来日リサイタルを聴きに行ってます。ランパル以前にも優れたフルート奏者は数多くいました。しかし、ピアニストやヴァイオリニストと同じように、フルート一本を持って世界各地を巡り、大きな聴衆を集める「スター独奏家」となった人物として、ランパルの存在は画期的でした。全米フルート協会も、彼を20世紀のフルート復興を象徴する人物として位置づけています。ランパルの演奏を特徴づけるのは、明るく、華麗で、伸びやかに歌う音色にあります。フランス派らしい軽やかなタンギング、流れるようなレガート、そして何より聴衆へ直接語りかけるような華があります。またバロック作品の再発見・録音に取り組む一方、ジョリヴェ、フランセ、トマジなど多くの作曲家による作品を世に送り出しました。膨大な録音を残し、クラシックだけでなくジャズなどにも活動領域を広げました。日本の名フルーティストにもこのランパルに師事した演奏家は数多くいます。
3 オーレル・ニコレ
――音楽を深く考え、新しい世界を開いた哲人
Aurèle Nicolet(1926~2016)/スイス
ニコレはスイスのヌーシャテルに生まれ、チューリヒでアンドレ・ジョネに学んだ後、パリでマルセル・モイーズにも師事した一人です。1947年パリ音楽院一等賞。翌1948年にはジュネーヴ国際音楽コンクールで第1位を獲得します。そして1950年、名指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラーに招かれ、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席フルート奏者となり、1959年まで在籍し、後半はカラヤンのもとでも演奏しています。ニコレの音楽はランパルとは対照的です。ランパルが明るく外へ向かって歌うとすれば、ニコレは音楽の内側へ深く入っていく。柔らかく密度の高い音色。一音一音に意味を与えるようなフレージング。そして作品全体の構造を見渡す知的な演奏をします。ニコレは現代音楽にも積極的で、武満徹、リゲティ、デニソフ、ハインツ・ホリガーなど多くの作曲家と関わり、新しいフルート作品を世に送り出しています。さらにベルリンやフライブルクの音楽大学で長年教壇に立ち、世界各地でマスタークラスを開催しています。演奏家であると同時に、20世紀を代表するフルート教育者の一人でもありました。ドイツに留学しニコレに師事した日本のフルーティストも数多くいます。
4 ジェームズ・ゴールウェイ
――「黄金のフルート」で世界を魅了した巨匠
Sir James Galway(1939~)は北アイルランド・ベルファストに生まれ、ロンドンの王立音楽大学、ギルドホール音楽院、さらにパリ音楽院で学んでいます。ロンドンの主要オーケストラを経て、1969年、カラヤン指揮のベルリン・フィル首席フルート奏者に就任します。しかし1975年、名門オーケストラの首席という地位を離れ、ソリストとしての道を選びます。ゴールウェイ最大の特徴は、圧倒的な音の存在感です。豊かな息による大きな音、輝かしい高音、厚みのある中低音。そして大ホールの隅々まで届くような音の輝き。その音色から「黄金のフルーティスト」と呼ばれています。ゴールウェイはクラシックだけにとどまらず、アイルランド音楽、ポピュラー音楽、映画音楽などにも積極的に取り組んだ。公式資料によれば録音販売は世界で3000万枚以上に達し、スティーヴィー・ワンダー、レイ・チャールズ、エルトン・ジョンなどとも共演しています。私も、何度もゴールウェーのフルートコンサートを聴きに行っています。その都度、ゴールウエーのフルートの魅力に圧倒されます。彼のフルートCD全集も持っていますが聴ききれないほどの録音をしています。ランパルが開いた「フルート独奏者」という道を、さらに幅広い大衆へ広げた奏者と言えるのではないでしょうか。
5 エマニュエル・パユ
――伝統と現代を結ぶ21世紀のフルート
Emmanuel Pahud(1970~)/スイス・フランス
ジュネーヴ生まれ。幼少期からフルートを学び、パリ国立高等音楽院でミシェル・デボスト、アラン・マリオン、ピエール=イヴ・アルトーらに師事しました。音楽院卒業後にオーレル・ニコレから直接指導を受けたこともあります。1989年神戸国際フルートコンクール第1位、1992年ジュネーヴ国際音楽コンクール第1位。同年、22歳でクラウディオ・アバド率いるベルリン・フィルの首席フルート奏者に選ばれました。パユの演奏には、これまでの巨匠たちが築いたものが見事に融合しています。フランス派の透明感のある音色。ニコレから受け継いだ知的な音楽構成。オーケストラ奏者としての精密さ。今もベルリン・フィルの首席フルーティストとして活躍しています。そして現代的な高度なテクニック。バロックから古典、ロマン派、現代音楽、ジャズに至るまで幅広いレパートリーを持ち、多数の新作委嘱にも取り組んでいます。毎年、来日してリサイタルを開催しています。私も何度もパユの演奏は聴きにいっています。
今日は、五人のフルート界の巨匠の歩みを辿ってみました。そのまま20世紀から21世紀へ続くフルートという楽器の進化の歴史をたどることができるのです。
柳山
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