Loading...Loading...

人間はなぜ笑うのか?

~笑いの科学から川柳のユーモアまで~

人間はよく笑います。面白い話を聞いて笑い、久しぶりに友人と会って笑い、失敗して照れ笑いをし、ときには悲しい場面でも思わず笑ってしまうことがあります。考えてみれば不思議です。そもそも、人間はなぜ笑うのでしょうか。今回はいつもの川柳の世界から少し寄り道をして、「笑い」という人間の不思議な行動について考えてみたいと思います。そして最後には、もちろん川柳の「笑い」を考えてみます。

■ 笑いは言葉より古かった?

人間は言葉を使ってコミュニケーションをします。しかし、笑いの起源は言葉よりずっと古いのではないかと考えられています。赤ちゃんを思い浮かべてください。まだ「お母さん」とも「お父さん」とも言えない赤ちゃんでも、あやされると笑います。つまり私たちは、言葉を覚える前から笑うことができるのです。笑顔や笑いには、「私はあなたの敵ではありません」「あなたと一緒にいると安心です」といった社会的な意味があるとも考えられています。笑いは単なる感情ではなく、人と人を結びつける古いコミュニケーションの一つなのです。

■ 笑うのは人間だけなのでしょうか

実は、「笑いに似た反応」は人間だけのものではありません。チンパンジーなどの類人猿は、じゃれ合って遊ぶときなどに、人間の笑いに似た声を出すことが知られています。ラットにも、遊びやくすぐりに伴って、人間には聞こえにくい高い周波数の発声が見られるという研究があります。ただし、それを人間の「笑い」とまったく同じものと呼べるかについては慎重に考える必要があります。人間の笑いの特徴は、単に楽しいから笑うだけではないところにあります。冗談を理解して笑う。皮肉に気づいて笑う。自分の失敗を笑う。昔の苦労を笑い話にする。ここまで複雑な「意味のある笑い」を発達させたところに、人間らしさがあります。

■ なぜ冗談を聞くと笑うのでしょう

笑いにはいろいろな理論がありますが、その一つに「予想と現実のずれ」があります。たとえば話を聞いている途中で「きっとこうなるだろう」と私たちは無意識に結末を予想します。ところが最後に、予想もしなかった方向へ話が転がります。その瞬間「えっ、そっちか!」という驚きが生まれます。落語の「オチ」や漫才の「ボケとツッコミ」が面白いのも、この仕組みと関係しています。そして川柳にも、まさに同じ面白さがあります。五七五の最後で意味がひっくり返ったり、思いがけない言葉が飛び出したりすると、「なるほど!」と思わず膝をポンと叩きたくなります。

■ 笑うと脳では何が起きているのでしょう

笑いは脳の一か所だけで生まれる単純な反応ではありません。「何が起きたのか」を理解する働き、予想との違いを認識する働き、面白いと感じる感情、そして顔や呼吸を使って実際に笑う運動など、さまざまな働きが関係しています。つまり「意味を理解する」→「意外性に気づく」→「面白いと感じる」→「笑う」という複雑な働きが、ほんの一瞬のうちに起こっているのです。何気なく「ハハハ」と笑っていますが、実は人間の脳にとってかなり高度な機能を使っているのです。

■ 笑いは人間関係の潤滑油

一人でテレビを見ているときより、誰かと一緒に見ているときのほうがよく笑う――そんな経験はないでしょうか。笑いには社会的な側面があります。誰かが笑うと、周囲の人もつられて笑います。そして一緒に笑った人同士には「同じところを面白いと思った」という小さな共感が生まれます。会社でも家庭でも句会でも同じでしょう。緊張していた会場で誰かが一言ユーモアを言い、みんなが笑った途端、空気が柔らかくなることがあります。笑いには、人と人との距離を一瞬で縮める力があるのです。

■ 笑いは健康に良い?

「笑う門には福来る」と昔から言います。笑いについては、ストレス反応や気分、痛みの感じ方、人とのつながりなどとの関係が研究されています。楽しく笑える時間を持つことが気分転換になり、人との交流を豊かにすることは、私たちの日常生活でも実感できるところです。笑いを薬と考えるより「人生を少し軽くしてくれる心の栄養」くらいに考えるのがよいのかもしれません。

■ 年齢を重ねるほど「笑い」は大切になる

若いころには笑えなかった失敗を、何十年か経ってから笑って話せることがあります。「あのころは大変だったなあ」と言いながら笑える。これは実に人間らしい能力です。起きてしまった出来事そのものは変えられません。しかし、その出来事をどう受け止めるかは変えることができます。失敗も、苦労も、夫婦げんかも、年齢による物忘れも、少し離れたところから眺めると笑いに変わることがあります。川柳が得意としてきたのも、まさにこの世界ではないでしょうか。

■ 「膝ポン」は小さな知的快感

川柳を読んで、「うまい!」と思わず膝を叩くことがあります。川柳界ではこれを「膝ポンの句」と呼び意外性を見事に詠んだ句ということで川柳の三要素である「笑い」「穿ち」「軽み」を表現した句として評価されています。ではなぜ膝ポンが起きるのでしょう。そこには、共感+意外性+発見があります。「そうそう、私もそう思っていた」という共感。「そんな言い方があったのか」という意外性。そして、「言われてみれば確かにそうだ」という発見。この三つが十七音の中で一瞬にして起きたとき、読み手の頭の中に小さな火花が散ります。それが川柳における「膝ポン」なのではないでしょうか。

■ 笑いは人間から人間への贈り物

人間は泣きながら生まれてきます。しかし成長するにつれて、人と出会い、言葉を覚え、そしてさまざまな笑い方を覚えていきます。大笑い。微笑み。照れ笑い。苦笑い。思い出し笑い。人生には、実にいろいろな笑いがあります。長い人生には悲しいこともあります。失敗もあります。年を取ることも皆同じです。しかし、それらを見方を変えれば笑いに変えることはできるかもしれません。そして川柳は、そんな人間の不思議さ、おかしさ、愛しさを、わずか十七音の中で表現してきました。考えてみれば、川柳とは実に人間的な文学です。人間を観察し、人間の行動を笑い、そんな人間を好きになる。その面白さに魅力を感じて、川柳に引き込まれる愛好家が多いのも頷けます。だから私たちは今日も一句詠みます。そして誰かがその一句を読んで、「なるほど!」と膝をポンと叩いてくれれば最高です。「ひざポン」こそ川柳作家にとって、最高の「笑いの贈り物」なのかもしれません。

柳山

 

ポストする LINEで送る ブックマーク
❤️ ひざポン
ありがとう!

「なるほど!」「いいね!」
心が動いたらポチっ(無記名)

“人間はなぜ笑うのか?~笑いの科学から川柳のユーモアまで~”にコメントをどうぞ

  1. 植竹良一 on 2026年9月25日 at 6:19 PM :

    ♪馬が笑うそんな馬鹿な ミスターエド ただのコメディでないなと 子ども心に感じました 声の吹き替えは 当時の小金場 江戸家猫八 一龍斎貞鳳 とのお笑い三人組も 懐かしいです 前にブログに書きましたが 思い出しました

    • 渡辺柳山 on 2026年9月25日 at 9:38 PM :

      植竹団扇さま

      「お笑い三人組」懐かしい番組ですね。馬が主人公のミスターエドも懐かしい番組です。
      当時から笑いを主体とした番組は数多くありましたね。「笑点」もそうですね。もう60周年になりました。笑いの探求は人類永遠のテーマなのかも知れません。

      柳山

コメントはこちらから

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です

Post Navigation

Copyright All rights reserved. SHINYOKAN PUBLISHING illustration by Nakaoka.K