ベートーベンの世界
~苦悩を越えて歓喜へ~
クラシック音楽の歴史を語るとき、モーツァルトと並んで決して外すことのできない巨人が、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベンです。モーツァルトが「天才」の象徴だとすれば、ベートーベンは「人間の意志」の象徴と言えるかもしれません。耳が聞こえなくなるという、音楽家にとってこれ以上ない苦難を背負いながら、彼は作曲を続け、その苦悩さえも巨大な音楽へと昇華していきました。そして晩年には、交響曲第9番で「歓喜」と人類への希望を高らかに歌い上げます。その生涯はまさに、「苦悩を越えて歓喜へ」と進んだ壮大な交響曲のようでした。
ボンに生まれた音楽家
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベンは1770年、現在のドイツ・ボンに生まれました。正確な誕生日は分かっていませんが、12月17日に洗礼を受けた記録が残っているため、一般には12月16日ごろに生まれたと考えられています。父ヨハンは宮廷楽団の歌手、祖父ルートヴィヒは宮廷楽長という音楽一家でした。幼いころから音楽教育を受け、クリスティアン・ゴットロープ・ネーフェらに師事して才能を伸ばしていきます。1792年、21歳のベートーベンは音楽の都ウィーンへ移りました。ハイドンらに学びながら、まず優れたピアニストとして名声を高め、やがて作曲家として独自の道を歩み始めます。しかし20代後半になると、音楽家にとってあまりにも過酷な試練が彼を襲います。それは難聴です。音を聴くことを生業とする音楽家が、次第に音を失っていく。その苦しみは想像を絶するものだったでしょう。一時は絶望の淵に立たされましたが、それでもベートーベンは作曲をやめませんでした。むしろ聴覚の衰えが進むにつれて、彼の音楽はさらに大胆になり、人間の感情や苦悩、希望を深く描くようになっていきます。そして1827年3月26日、ウィーンで56年の生涯を閉じました。
音楽史を変えた九つの交響曲
ベートーベンの最大の功績の一つは、交響曲という音楽の可能性を大きく広げたことです。ハイドンやモーツァルトによって発展した古典派の交響曲を受け継ぎながら、それを単なる美しく整った器楽曲ではなく、作曲家自身の思想や感情、人生観までも表現できる壮大な芸術へと発展させました。そのためベートーベンは、古典派を完成させると同時に、ロマン派への扉を開いた作曲家と位置づけられています。生涯に残した交響曲はわずか9曲です。しかし、その9曲が後世の音楽に与えた影響は計り知れません。その中から、特に重要な作品を取り上げてみましょう。
交響曲第3番「英雄」
交響曲第3番「英雄」は、交響曲の歴史を大きく変えた作品です。それまでの交響曲と比較して演奏時間も長く、音楽の規模、劇的な展開、感情表現のいずれも飛躍的に拡大しました。当初、ベートーベンはフランス革命の理念を体現する人物としてナポレオンに期待し、この作品を彼に捧げようと考えていたとされています。ところがナポレオンが皇帝に即位したことを知り、その思いを撤回したという有名な逸話が残っています。「英雄」の自筆の楽譜に書かれた「ナポレオンに捧ぐ」の文字は楽譜が擦り減るほどにかき消されているのも良く知られている事実です。この作品によって交響曲は、単なる美しい音楽から、人間の闘争や理想、生き方まで表現する音楽へと大きく踏み出しました。「英雄」とは特定の人物だけではなく、苦難に立ち向かう人間そのものなのかもしれません。
交響曲第5番「運命」
クラシック音楽をあまり聴かない人でも、一度は耳にしたことがあるでしょう。ベートーベンの交響曲の中でも名曲中の名曲です。私も学生時代に学生オケでこの「運命」をフルートパートで演奏しました。何度練習してもその都度新しい発見がある名曲です。これほど奥の深い交響曲は他にはありません。わずか四つの音から始まる有名な動機を徹底的に発展させ、一つの巨大な交響曲を築き上げていきます。暗く緊張感のあるハ短調から始まった音楽は、苦悩と葛藤を重ねながら、最後には輝かしいハ長調へと到達します。そこには、「苦悩から勝利へ」というベートーベン芸術を象徴するような大きな流れがあります。わずか四つの音から、これほど巨大な音楽世界を構築してしまうところに、ベートーベンの驚異的な作曲能力を感じます。
交響曲第6番「田園」
第5番とほぼ同時期に作曲された作品ですが、音楽の世界は一変します。小川が流れ、鳥が鳴き、人々が集い、やがて雷鳴が轟いて嵐になります。そして嵐が去ると、再び穏やかな自然が戻ってきます。全5楽章から成り、それぞれに田園生活や自然を思わせる標題が付けられています。しかしベートーベンが表現しようとしたのは、単なる自然の物真似ではありませんでした。自然の中に身を置いた人間が何を感じるのか。つまり、自然の描写以上に「自然によって呼び起こされる人間の感情」を音楽にした作品なのです。この考え方は、その後のロマン派における標題音楽にも大きな影響を与えました。
交響曲第7番
第7番の最大の魅力は、何と言ってもリズムの力です。特徴的なリズムが繰り返され、それが次第に大きなうねりとなり、オーケストラ全体を巻き込んで前へ前へと進んでいきます。特に終楽章のエネルギーには圧倒されます。旋律の美しさだけではなく、リズムそのものが人間を興奮させ、高揚させる力を持っていることを示した交響曲と言えるでしょう。一方、第2楽章「アレグレット」は趣が異なります。静かに刻まれるリズムの上に旋律が重なり、哀愁を帯びながら次第に大きな流れをつくっていきます。躍動と静寂、生命力と哀愁。その対比も第7番の大きな魅力です。
そして頂点へ:交響曲第9番「合唱付き」
ベートーベンの交響曲の到達点と言える作品が、第9番です。最大の革新は、それまで基本的に器楽の世界だった交響曲に、独唱と合唱という「人間の声」を本格的に導入したことです。終楽章では、ドイツの詩人シラーの「歓喜に寄す」が歌われます。そこに込められているのは、国や身分などを越えて人々が結びつくという壮大な理想です。難聴が進み、自分の作品の演奏を十分に聴くことさえできなくなった作曲家が、最後の交響曲で選んだ大きなテーマが「歓喜」でした。ここにベートーベンという音楽家の凄さがあります。苦しみを苦しみのままで終わらせずに「苦悩」から「歓喜」へと交響曲そして独唱と合唱を入れて音楽を完成させたのです。私も2009年に「佐倉第九を歌う会」に所属し第九を原曲のドイツ語で歌いました。その時の指揮は飯森範親さんで演奏は東京交響楽団でした。地元・佐倉の市民合唱団と飯森マエストロによる熱気あふれる素晴らしい第九の演奏会は今でも忘れられません。シラーの「歓喜に寄す」を原曲で歌い切った喜びはいまも心の中にあります。苦悩を音楽へ変え、最後には人間への希望へと昇華した合唱付名曲それが交響曲第9番「合唱付き」なのです。
ピアノ曲や室内楽にも残した名曲
もちろん、ベートーベンの功績は交響曲だけではありません。「悲愴」「月光」「熱情」などのピアノ・ソナタ、5曲のピアノ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲、数多くの弦楽四重奏曲、そして唯一のオペラ「フィデリオ」など、幅広い分野に傑作を残しています。特に晩年のピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲では、当時としては極めて斬新で、後世を先取りしたような音楽世界へ踏み込んでいます。ベートーベン以後の作曲家たちは、彼が築き上げた巨大な存在を無視して交響曲を書くことができなくなったと言っても過言ではありません。
ベートーベンが音楽界に残したもの
ベートーベン以前にも、もちろん偉大な作曲家は数多くいました。しかしベートーベンは、「作曲家とは何か」という存在そのものを大きく変えた音楽家でもありました。音楽は宮廷や貴族を楽しませるためだけのものではありません。作曲家自身が何を考え、何を感じ、何を人々に伝えたいのか。それを表現することのできる芸術なのだということを、ベートーベンは自らの作品によって示しました。「英雄」に込められた人間の理想。「運命」の扉を叩くような四つの音。「田園」に流れる小川と鳥の声。第7番を突き動かす生命力あふれるリズム。そして第9番の「歓喜」それらを貫いているものは、一人の人間が苦難と闘い、それでも希望を失わず、前へ進もうとする強烈な意志ではないでしょうか。
前回取り上げたモーツァルトが、天から降りてくる音楽をそのまま五線譜へ書き留めたかのような「天才」だとすれば、ベートーベンは何度も書き直し、苦闘しながら音楽を形にしていった「努力する天才」だったとも言えるでしょう。モーツァルトが天から音楽を受け取った天才なら、ベートーベンは人間の苦悩の中から音楽を掘り起こした巨人でした。だからこそ、その音楽は200年以上の歳月を越えた現在も、私たちの心を強く揺さぶり続けているのです。
柳山
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