自由吟は本当に自由なのか――題がないときの川柳の作り方
川柳の大会や句会では、課題吟と並んで「自由吟」が募集されることがよくあります。自由吟とは、あらかじめ題が指定されず、作者が自由に題材を選んで詠む川柳ですが、何を詠んでもよいのですから、一見すると課題吟より作りやすそうに思えます。しかし、実際に取り組んでみると、自由であることがかえって難しく感じられます。
課題吟では、「旅」「心」「助ける」などの題が創作の出発点になります。ところが自由吟には、その足掛かりがありません。広い野原に立たされ、「好きな方向へ歩いてください」と言われるようなものです。
では、自由吟にはどのように取り組めばよいのでしょうか。
『自分で小さな課題を決める』
自由吟だからといって、最初から無制限に考える必要はありません。まず自分で仮の課題を決めると、発想しやすくなります。例えば「家族」「老い」「物価高」「病院」「スマホ」「旅行」など、身近な言葉を一つ選びます。その題で数句作り、次の題へ移るのです。
自由吟とは、題がないのではなく、作者自身が題を決めて創作する川柳だと考えればよいでしょう。
『最近、心が動いた場面を探す』
川柳の種は、特別な事象だけにあるわけではありません。思わず笑ったこと、腹が立ったこと、ほっとしたこと、少し寂しくなったこと。そのように心が動いた瞬間に、川柳の題材が潜んでいます。
たとえば、買い物で値札を二度見した場面、病院の待合室で交わした会話、孫や曾孫の思いがけない一言、夫婦の何気ないやり取りなど、日常の小さな出来事ほど読者の共感を呼びます。まず「何を詠むか」ではなく、「最近、何に心が動いたか」と自分に問いかけてみることです。
『自分の得意分野から一句作る』
自由吟では、自分らしさを生かせます。また自分の得意分野から課題を選ぶこともできます。家族を詠むのが得意な人、社会風刺に強い人、笑いを作るのが巧みな人、人生の機微をしみじみ描く人。それぞれに持ち味があります。
選者の傾向を研究することも大切ですが、自由吟では特に、作者自身の生活や経験から生まれた実感のある句が強みになります。誰にでも作れそうな句より、その人にしか詠めない一句を目指したいものです。
『伝えたいことを一つに絞る』
題材が決まったら、一句の中に多くを詰め込み過ぎないことも重要です。いつ、どこで、誰が、何をして、どう思ったか。そのすべてを十七音に入れようとすると、報告や説明になってしまいます。最も印象的な場面だけを切り取り、あとは読者の想像に任せます。自由吟にも「何を省くか」という推敲が必要です。自由だからこそ、言葉を厳しく選ばなければなりません。
『数句作ってから選ぶ』
最初にできた一句だけで決めず、同じ題材から角度を変えて何句か作ってみます。人物を変える、視点を変える、結末を変える、笑いを加える、余韻を残す。五句、十句と作るうちに、最初には見えなかった表現が現れてきます。最後に「この句には私の発見があるか」「読者の心に情景が浮かぶか」「説明し過ぎていないか」を点検し、最も自分らしい一句を選びます。
『自由吟は「自分を映す鏡」である』
自由吟は、決して何でもよい川柳ではありません。題を選ぶところから作者の感性が問われ、何を見つめ、何に笑い、何を大切にしているかが一句に表れます。課題吟が与えられた扉を開く創作だとすれば、自由吟は自分で扉を見つける創作といえるでしょう。題がなくて困ったときは、自分の暮らしをもう一度見渡してみましょう。そこには、まだ言葉になっていない川柳がいくつも待っています。
自由吟とは、何を詠んでもよい句ではなく「今、自分が最も詠みたいものを選べる句」なのです。そのように考えて自由吟に取り組めば自由吟は自分の川柳として取り組めるはずです。
柳山
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