前回お金に関することを書いていたら、6年前に全世帯へ配られた10万円の特別定額交付金のことを急に思い出した。これについて、以前からどうしても書きたいと思っていたことがあったので、今更の話題になってしまうが、ここで改めて吐き出すことにしたい。
コロナの時に国からもらった10万円はどれだけ効果があったのか、当時から私は怪しいと感じていた。ホンネを言えばこんなくだらないものをよくもまあ配ったものだと内心呆れていた。そうは言っても根が卑しい人間なので、ただで貰えるものはしっかり頂戴しておこうと、一応国民の一人として申請手続きをした記憶がある。
紆余曲折の議論を経て所得の多寡に関係なく一律10万円給付となったが、当時少なくとも公務員と年金暮らしの人に対しては給付すべきではないという意見があった。これは正論だとすぐに同感した。当時の私はまだ65歳になっていなかったので老齢基礎年金は受給されていなかった。厚生年金の繰り上げ支給と個人的な年金を併せてなんとかやり繰りして暮らしていた。そういう一介の年金受給生活者だったのである。
現役をリタイアした年金頼りの高齢者にとって、給付された10万円は確かに有り難い。しかしコロナ禍の中で消費行動は制限されている。10万円をポンと振り込まれても、日々の家計のやり繰りの中で少しずつ支出していつの間にか消えてしまったか、あるいは堅実な人ならしっかりそれを貯金に回したことだろう。消費への意欲につながったかどうかはかなり怪しい。私の場合も、90歳を過ぎた老母との二人暮らしの日々の中で、10万円は通帳から切り崩されて有り難味も感じることなく無くなっていたようである。コロナ禍の生活に特段の消費意欲を促される変化は起きなかった。これで旨いものでも食おうという気にもならなかったのである。この気前のいい政策に当初から消極的だった財務省の考えがよく理解できた。しかし、民主政治というものはそもそもポピュリズムの上に成り立っている。感情的なベクトルで世の中の政治や経済は動いている。給付金が失敗だったと論う政治家もあまりいない。そもそも政治家は負け惜しみが強いので、今更何も言わないに越したことはないと内心は思い込んでいただろう。
どこかの知事が部下である県職員を対象に、10万円を県へ寄付したらどうかとアナウンスして非難囂囂の目に遭ったが、私にはこれも正論だったような気がする。コロナとは関係なくきちんと定額の給与が毎月振り込まれている公務員の中には、資産としてしっかりこのお金を貯めた者が多かったのではないか。表面的には判りにくいことだろうが結構いたはずだ。
私の職場の後輩で当時60歳を過ぎて再雇用で働いている飲み友達がいた。何かの機会で話すことがあり「コロナで苦しんでいる自営業の人は別にして、公務員みたく働いている者(その後輩をさす)に10万円は要らないんじゃないの?」と冗談めかして言ったことがあった。そうしたらその後輩はいきなり饒舌になって「車の保険や固定資産税など、いろいろと出費があった。10万円は有り難い。無いと大変だった」などと、これまた冗談まじりに反論してきた。私は内心『それ毎年ある出費じゃないの?』とツッコミを入れたくなったが喉元に留めた。
こんなアホらしいお金はもらいたくないと手続きしなかった者、生活に困っていないのでもらっても仕方がないと全額どこかへ寄付した者、これらの統計的な数字を改めて私は知りたい。まっ、寄付した者のアンケート調査など、墓穴を掘るような仕事を国がやる訳はないだろうが…。
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