私の飲み仲間は、かつてマラソン大会へ毎月のように出場したり、山登りへしばしば行ったりした職場の元同僚たちである。思い返してみると、40年を超える長い付き合いとなる。
先日久し振りに飲んだ際、その一人が腹痛に悩まされていると打ち明けた。話しに耳を傾けると、若い時分に胆石を手術した影響で今でも腸の癒着の痛みがあるというような説明だった。酔いに任せながら頷いていると、30数年前のことが俄かに思い出されてきた。
彼と二人で栃木県内のある山へ登りに行ったことがあった。朝早く登山口に向かう車での道中、何年か前に自分が受けた胆石手術の体験談を話してくれたのである。まだ30歳前後の頃のことで、腹が痛いので病院を受診したら胆石が出来ているという。手術して摘出するという診断が下りた。それではということで手術日の予約をとった。それまでは何とか痛みを我慢していた。
しかし数日後、痛みに耐えきれなくて近くの開業医にかかった。敢えて胆石のことには言及しないでいると、筋肉痛ですねとのあっさりした診察で痛み止めを処方してくれたという。この薬は一つも効かず、手術日当日までとりあえず堪えていたという。後から聞けば半分笑い話のように聞こえるが、開業医の診察ではそんなこともあるのかということで、私も医療の勉強になった次第である。そして、これはずっと私の脳裡に残っていた。
さらに自分の母親の経験も思い出されてきた。私の母は60歳前後に結腸癌の手術を私の勤め先の大学病院で受けた。その後数年して小腸に癒着ができて「絞扼性イレウス(腸閉塞)」になり、再び入院して手術した。その時のことがずっと心の中で引っ掛かっていた。
母は昔の人間なので、何事でも耐える習慣が身に付いている。とにかく我慢強い(裏を返せば医者にはあまりかかろうとはしない)。昼間に起きた腹痛をずっと我慢し続けていたが、夜間になっていよいよ痛みの限界を超え、大学病院の急患室を受診したのである。まだ救命救急センターになっていなかった頃のことである。若手当直医がとりあえず点滴を打って様子を見ることになったのだが、一向に痛みは治まらない。そのまま入院となった。
翌朝、病院の外科病棟から電話連絡があり、緊急に手術するという。手術は上手くいき、術後に執刀した担当医師の話しを聞くと、絞扼性という重症のイレウスで、小腸のほとんどが壊死してしまったとのこと。該当箇所を全部切除したが、まだ大丈夫だった1m程度は残された。診断が遅れたのは、血液検査に発症したことを示すデータが表れなかったからだった。そんな説明を受けた。
その後、なかなか熱が下がらず退院が少し長引いたが、何とか家に帰れて普通の生活へ戻ることになった。小腸がかなり短くなったので、毎日消化剤を服用し続けた。
私がずっと気になっていたのは、担当医師の説明に誤診気味なところを感じたからである。我慢強い人間が痛みに耐え切れずに受診して、点滴を打ってもらって様子を観ていたが一向に治まらず、一晩さらに我慢し続けた。
もう少し早い段階で何とかならなかったのか。的確な診断が出来ていれば、小腸のほとんどがダメになる事態は避けられたのではないか。そんな思いをずっと抱いていたのである。
読売新聞に「時代の証言者」というコラムが長く続いている。今年、ある著名な医学研究者の半生が連載され興味深く読んだ。若い頃に研修医として自分が卒業した大学病院に勤務し、いろいろな経験を積む話しが紹介されていたが、昭和の時代の総合病院では誤診や誤診めいたことはよくあったという。しかしそのほとんどが裁判沙汰にもならずに忘れ去られていく。
そもそも癌の告知もなされていなかった時代である。医療訴訟という手段もあまり普及していなかった。はっきり言えば患者やその家族は泣き寝入りである。それを読んだ時に私の母親の誤診気味の体験を急に思い出したのである。死に至らなかったとはいえ、これにいくらかは当てはまるのではないだろうか。
退院時に症状を説明してくれた病棟の担当医師にお礼として10万円分の商品券を上げたら、固辞もせず素直に受け取ってくれた記憶も甦る。決してその医師を悪く言いたい訳ではない。そういう時代だったのである。
最後に、腹痛の友人の話題に戻ると、原因が心筋梗塞から来ているものである後日判明し即入院となった。心筋梗塞の症状も心臓とは関係ないようなところが痛み出すので要注意である。これも私の周囲にそういったことが該当する知り合いがいたので別に驚かなかった。
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