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 過日、NHK総合の「日本人のおなまえ」を何気に観ていたら、有名人と同姓同名の一般人を紹介する企画で、実際に何人ものそういう方が紹介されていた。「高倉健」「石原裕次郎」「岸恵子」「杉田玄白」などと全く同じ名前の人達が登場し、同じということで経験したいろいろな場面(人生において損したこと得したこと)を紹介していた。
 おもしろいなあ、と他人事のように感心していたら、私自身もその該当者の一人だったことに改めて気がついた。
 今でもはっきり憶えているのは、昭和59年のある日の夜、何かのテレビドラマを観ていたら、最後の出演者紹介の画面で、何と私と全く同じ名前を偶然に見つけてしまったのである。脇役だったので演技している登場人物の誰がその当人だったのか皆目見当がつかなかった。
 それから数年して昭和62年の映画「私をスキーに連れてって」の大ヒットである。私ももちろん映画館へ足を運んだ。以降、「俳優 三上博史」の人気はうなぎ上りとなり、誰でも知るスターとなった。
 そういった世の動きは、私にはしっかりマイナスに働いた。その頃からマラソンを趣味にしていて、栃木県内外のいろいろな大会へ参加していた。マラソン大会は何百人、何千人とランナーが出場し、まず受付で手続きをする。大抵は登録証のハガキを提示して名簿とチェックするやり方である。受付の担当は高校生などのボランティアが多い。名簿の「三上博史」の名前を既に見つけていて、まさかあの三上博史がとワクワクしている女の子もいたことだろう。そんなところへのこのこ私のようなおじさん風情の人間が「○○番の三上博史です」と名乗る。女の子のワクワク感は一気に冷めていく。そのような体験を何度もした。こちらとしては全く嫌な雰囲気のものである。
 その後俳優の三上博史もアイドル的な立場から脱皮していったので、私の方もマラソン大会の受付で不快な思いをするようなこともなくなってきた。
 娘が高校に入り電車で通学するようになった。ある日、家に帰った娘が「お父さんの名前が女性週刊誌の中吊り広告にあったよ」などと呑気に話しかけてきた。またその話しかよと思ったが、ほとんど反応せず相手にしなかった。
 さて、中学の同級生に「○○昌子」という女子がいた。大人になってどうもその女子は「森何某」という男と結婚して「森昌子」という名前になったという情報が流れてきた。中学時代の友達と飲んだ時、その話題でみんな面白可笑しく盛り上がったものだった。
 60歳の還暦になって中学校の同窓会があり、たまたま隣にその「森昌子」さんが座った。飲んで食べ話しが進むにつれ、有名人と同姓同名ということについてのお互いの苦労話になった。これは二人にしか分からない世界のことだったので、二人だけで大いに盛り上がった。お互い結構辛い時期があったことで慰め合った。もちろん酔いに任せてのことだから、この辛さは話半分に受け取ってもらって構わない(笑)。
 ネット検索でエゴサーチをすると、俳優の方ばかりがヒットするが、「川柳」も付け加えると、私の方も案外ヒットする。川柳をやり始めて自分の名前を売ろうとはあまり思わなかったが、私はもう「川柳の三上博史」だとしっかり自己認識している。



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