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 皇室典範が漸く改正された。結婚した女性皇族の身分保持や、旧宮家から迎える男系男子の養子縁組みが目玉となった。しかし今後の日本の天皇制や皇室について、改正による具体的なイメージはなかなか湧かない。国民の多くにまだ曖昧に思えることがいくつもあるからだろう。
 20年以上もの長い間、国会で断続的に検討がなされてきた割には、今回の論点になったものは、既に議論してきた案のどれをピックアップするかということだけだったような気がする。目新しい展開があった訳ではなく、保守的な思想やリベラルな考え方をうまくまとめることができたとは到底思えない結論でもあった。振り返ってみれば、静謐な環境で議論することなど土台無理だったのかもしれない。
 是非を超えたところで事態の停滞を打破するためにはとにかく動くほかはない。しかしそうなると、結論がどのように出されても釈然とする者は少ない(まっ、これは至極当然のことだが)。今回の改正も尤もらしい手続きが踏まれたが、相変わらず日本の皇室制度は将来的にどうなっていくのだろうという疑問と不安が依然として残る。おそらく今後は再改正も視野に話題となってくることだろう。
 万世一系といわれる日本の天皇制とそれを支える皇室は血縁が基本になっている。ある動物行動学者は、男系天皇でないといけないという考え方の遺伝子レベルでの生物学的合理性を説いている。動物における雌雄と人間の男女を同一視する観点からの主張のようであるが、犬猫などの動物と異なって、人間という存在は遺伝のみならず環境によっても形づけられていく。X染色体がどうの、Y染色体がこうのと遺伝子レベルの議論で科学的にいくら理論づけされようが説得力に欠ける。女系・女性天皇の何がいけないのかの決定的な理由は見当たらない。
 血は水より濃いなどと言われるが、人間の成長においては環境が変われば遺伝の力など吹っ飛んでしまう。そんなことはよくある話しである。環境の朱に交われば呆気なく赤くなってしまう。旧宮家から迎える養子も俗世間の朱にどれほど交わっているか大いに懸念されることだろう。養子として時の人になればメディアの恰好の餌になりかねない。そもそも門地による差別を禁じている憲法に違反するのではないかという議論も燻っている。具体的な養子が現れたら違憲訴訟になり得る。そんな面倒な事態を承知の上で養子になろうとする輩がいるのだろうか。それでも、これらの懸念と問題点は先送りされた。
 大がかりなマジックショーをイリュージョンと呼ぶ場合がある。人間はイリュージョンに弱い。幻影、幻想、幻覚などと翻訳されるが、幻にはどうしても惹かれるものがある。幻のほとんどすべてが錯覚によるものであることは頭で分かっていても、幻には謎めいた雰囲気だけでなく威厳や品位が付加されやすい。だから、他人から単なるファンタジーではないかと決めつけられると俄かに激怒する。ロマンやロマンスを貶されたら憤るのと同じような心理なのであろう。
 今回の皇室典範の改正は、これから紆余曲折を経ることとなる。その度に尽きることなく、厭きることなく国民的な議論がなされるはずである。イリュージョンに魅せられてそれを追い求めているようなものだから仕方ない。血縁のイリュージョンは、血液型で性格判断するレベルと同じようなものなのだが、それはなかなか日本国民には理解してもらえない。

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