
甲子園の高校野球、地元の健大高崎高校(車で10分ほどの距離にある)が決勝まで勝ち進んで頑張ってくれた。一時逆転ホームランでもしやと思わせてくれたのだが再逆転され残念だった。前にも書いたように友人のお孫さんが横浜高校の2年生投手小林鉄三郎君で誇らしげに孫を自慢する友人を常々羨ましく思っている。私の子や孫で野球をしているのは誰もいない。子はバスケット、ハンドボール、孫はサッカー、バトミントン、バスケット、ゴルフと好きなことをやっている。我々の小さい頃はみんな草野球を楽しむ野球少年だったのに、変ってしまった。と言うわけで子や孫に甲子園を期待するのは無理な話だった。
子や孫に縁はなかった甲子園 潤
私には甲子園球場の想い出がある。2009年、母校の富山県の福野高校(現 南砺福野高校)が富山県予選を勝ち上がった!田舎の小さな高校だったので古里の友人から情報が入った時はただ驚いた。友人と甲子園に応援に行こうという話になった。ところが台風で試合が延期され、いつ行われるかドキドキして待機していた。数日間横浜の娘の家に待機し、試合が行われる日に甲子園に向かった。甲子園に着くと試合はもう始まっていてすでに7対0で負けていた。相手は強豪の天理高校、勝てるとは思わなかったが、あまりの一方的な試合にまったく盛り上がらなかった。うろ覚えの校歌も口パク状態だった。結局15対1であっけなく母校の夢の甲子園は終わった。しかし当時の福野高校球児たちにとっては人生の貴重な想い出になったことだろう。うらやましいことだ。
今日(8月24日)は、
【ドレッシングの日】 私は特にこだわりません、出されるものをサラダにかけているだけ…。
Loading...

















-600x338.png)






























渡辺柳山_こころの調べ_ISBN978-4-8237-1444-3.webp)


在学中は惜しいところまで行きながら、ついに甲子園には届きませんでした。卒業して数年後、母校は二度、甲子園に出場しました。しかし当時はまだ若く金もなく、「機会はまたあるだろう」と思っているうちに、気づけば数十年が過ぎていました。
未だに甲子園の土は踏めていません。それでも今年、母校は県大会ベスト16で散りました。よく頑張ったと思います。
ひとそれぞれ、甲子園にはみなさんいろんな想い出をお持ちなのでしょう。甲子園の句は同想句が沢山出来そうです。