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 精神に歴史というものがあるのだろうか? 人間以外の生き物に多分精神は存在しない。犬や猫などのペットも飼い主の気持ちが投影されているだけで、当のワンちゃんやネコちゃんは精神や心を持っていない。本能だけで生きていることはペットも野生動物と全く変わりはない。
 だから精神の歴史イコール人間の精神史となる。自然史、文明史、思想史その他、いろいろな分野の歴史があるが、時代の変遷ということから言えば、人間の精神は人類誕生の頃から少しも変わっていない、発達していないのではないか。少なくとも科学史のような発展的な歴史観は似合わないと考えている。
 人権とか自由・平等などの近代的な概念が誕生したのは、当たり前のことだが人類史的には最近の出来事である。それ以前の社会思想の方がはるかに長い歴史を有している。
 人間の認識は発展していくが、精神の根底にある思考の形式や感情の形態は人類誕生の頃からあまり変わっていないのではないか。科学史や文明史などの歴史は絶えず更新され、人類は進歩の道を歩んでいるように理解されているが、思考・感情と認識(知性)のずれはずっと引きずったままなので、戦争やテロなどのいがみ合いもなかなか無くならないのだろう。
 今回の世界的なコロナ騒ぎで、現代人の慌てふためく様は、太古の人間と同じかそれよりも劣っているような感じがしたので、こんな文章を書きたくなった次第である。



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