お月さま酔って候年金日
去年の初めまでは、こんなこともあったが、今わコロナで、外で飲むことはなくなった。5人以下で2時間以内、その上大声を出すなと言われたら、外で酒を飲む期にはなれない。最近のニュースは、最多、最多と、毎日罹患者のかずが、増えて続けている。総理も内心、穏やかではないようだが、経済優先を掲げる、政府としては、...【続きを読む】
錦鯉泳がす庭の被告人
田中角栄が、ロッキード事件の被告人であったころの句。こうして古い句帳をたどっていると、あ世頃から政界の金銭問題は変わっていないようだ。金は力なりとは、真実かもしれないが、コロナ社会になって少し変わったように思う。
小学校区のGG大会。4ゲームで、女の人がホールインワンを4個入れて、60代で優勝。私な...【続きを読む】
泣き言を言って素うどん平らげる
腹が減っていたのかもしれない。うどんを食べて、腹いっぱいになると、泣き言も出ない。原因は単純な事であった。落ち込んだ時、これからは素うどんを食べることにしよう。
今日は、独居老人のための料理教室。今日のレシピは、9%の麦ごはんと、レンコンのシャキシャキ焼き、ヒジキの白和え、具沢山の味噌汁に、ケーキ...【続きを読む】
五十句をまとめて力試される
こんなところで、入選したことはないが、句集を二回ほど出して、思い知らされた。それでも何故か、川柳はやめる気がしない。業なものである。
家内をデイサービス送り出したら、入れ替わりに風呂の蛇口の修理に句る。じゃ口だけ変えればよいのに、アッセンで、取り替えたため、修理代は、年金暮らしには、堪えたる。
午後...【続きを読む】
昭和が懐かしい二一天作の五
戦争中、塾はなかったように思うので、学校で習ったような気がする。算盤の時間に割り算の九九。さんいちさんじゅういち、さんにろくじゅうに、ごいちかいち、ごにかに、などとびとび覚えているが、全部は怪しい。帰れば兵隊ごっこ、上級生は百姓の勤労奉仕。二十年に入ると空襲で退避、退避、授業にはあまりならなかった。...【続きを読む】
豆のつる雲と握手をして帰る
豆のつるはせいぜい、雲と握手しかできないが、宇宙探査機、はやぶさは、何十万キロの距離を往って、還ってきて、おまけに、土だか、ホコリだか持ち帰って、今や時の人になっている。宇宙科学は、無限とか、永遠とかの概念を変えてしまったようだ。はやぶさは永遠の距離を往って還ってきた。人間はどこまで神の領域に近づけ...【続きを読む】
弾む毬立ち入り禁止の柵が好き
若いころの自分を見るようで、懐かしい。こわいもの知らずのときに作った一句。今はこう言った元気のある句は出来なくなった。家内がデイサービスへ行く様になってから、1年半年が過ぎた。それからというものは、何かと家内を思う句が散見するようになった。乳癌の娘に認知症の妻 笑いごとではない風呂が煮え滾る 妻とは...【続きを読む】
先生に間違われてるサウナ風呂
昔、知らぬところでは、先生か警察官によく間違われていたが、今はその面影はない。ただの爺さんである。歳は取りたくないが、世界中の人が、一年に一つづつとるのであるから、愚痴を言ってはいけない。はやぶさだって何年かしたら帰ってきたではないか。それはまた、生きている証拠でもある。ライバルに勝つことはなかった...【続きを読む】
廃校の記念誌祖父も母もいる
祖父は明治26年、小4終了。母は大正8年6年修了とある。それから母は祖父(父)に連れられて台湾の基隆にわたっている。小6で故郷に帰り、そこの小学校で終了している。
晴れてはいるが、冬の空にはたくさんの、雲が出ていた。上空は風が吹いているのか、雲はじっとしていない。今朝がた、深夜便を聴いていたら、養...【続きを読む】
削岩機日本を変えるヘルメット
紡績工場を、ピンクの容疑て馘首され、縁あって土建屋へ就職して、はじめのうちは嫌でたまらなかった。道路工事で知った人がいたら隠れていた。10年くらいたった頃、やっと三原で一番の土方になろうと決心した。と言うのも田中角栄が総理になり、列島改造論をぶち上げ、土方にも試験制度を持ち込み、定時制の普通科では、...【続きを読む】
一ランク下げて続ける免許証
70歳で定年になった時、免許の更新に当たり、深視力で引っ掛かり、メガネを変えれば、十分行けますよと、警察官は言ってくれたけど思い切って、大型2種免許は返納して、中型車の免許にした。それでもまだ、大型自動二輪、大型特殊自動車の免許は残っているが、使うことはない。周りからはその免許自体の返納を勧められて...【続きを読む】
神様になって並木が立ち退かぬ
2.3日前の新聞に、並木の是非をめぐって、ワークショップがあり過半数の人が、並木に対して好感を持っていない。曰く落ち葉の処分が大変だからと、現実的な損得の話である。しかし、考えて見ると、現実に、この地で草も生えなくなったら、慌てだする違いない。とにかく現代は、せっかちである。コロナを見ればよく解かる...【続きを読む】
悪人かもしれぬ酔ったことがない
私の、酒遍歴は50歳からであるが、人事不省になったこともなければ、二日酔いになったこともない。適当なところでやめるためでもあるが、心地よい酔いの所で、自動ブレーキがかかる。今はやりの自動車のようなものである。ゆえに私は、酒好きで貼るが、大酒飲みではない。今日も水割り1っ杯で、上機嫌である。
目通し1...【続きを読む】
救急車止まって窓がみな開く
救急車が家の前を通り過ぎていった。と思ったら向こう三軒両隣、ぞろぞろと人が出て来て、想像の話に花が咲く。夕べの話である。当事者でなくてよかったと、ひそかにもう。
久しぶりに予定がなかったので、7:30起床。ゆっくりと朝飯を食べる。と言ってもパンであるが、リンゴ1/4.きゅうい1/2.ミニトマト1個、...【続きを読む】
何かあったのかいつでも家にいる。
サウナも,GGも行かないとすぐに殺される。そのうちに殺されるかもしれない。
家内を、デイサービスへ送り出して、GGに行く。金曜日はいつも1ゲームが、3分の2終わっているので、3ゲームやることにする今日は、ホールインワンが1個入って、58だった。
午後は、民謡教室。今日は北海道の、出船音頭の仕上げ。
...【続きを読む】
かなふってようやく読める魚編
今は見かけなくなったが、時価を売り物にしていた、鮨屋の、暖簾にはたくさんの魚編の字が書いてあった。今の回転寿司などは、鰤をぶりのとろと、丁寧に仮名で書いてくれるのでありがたいが、当時は職人肌の板さんがそれを許さなかったようだ。
熱戦が続くグラウンドゴルフ場。
グラウンドゴルフをするに...【続きを読む】
手を上げたばかりに重い荷を背負う
それでもあの頃は、こなしてきたが、今は自分の体が自由にならない。今日は月1回、ケアマネさんが来て、来月のデイサービスの予定など決めてくれる日。こられても、私の愚痴話を聞いてくださるだけで、ケアマネさんは相当辛抱強い人だと思う。家内の将来の話になると、3人真剣になっていい時間が過ごせるので、その日が来...【続きを読む】
好きな子にすぐに見つかるかくれんぼ
私にもこんな時代があった。昭和12.3年ころの話である。日本は、盧溝橋事件が始まって、間なし頃の話で、子供の遊びも、戦争ごっこが流行っていた。小学校高学年を先頭に、幼稚園くらいまでの子供が集まって、棒切れをを振り回していた。
GGは調子が良かった。4ゲーム79で、ホールインワン1個。めったにない、8...【続きを読む】
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