足摺の旅へ虎彦読み返す
2002年、四万十であった大会で、恵美子さんに選んでもたらった句である。出所は23歳の時、定時制、仲間と、自転車で四国の西半分を回った時、田宮虎彦の小説「足摺岬」の小説を、全員で読んでいったことがある。特攻帰りの若者が、戦前と戦後のカルチャーショックの中で、歩き遍路に出て自分を見つめ直すという。作品...【続きを読む】
本物になろうなろうと群れを出る
川柳奉行を立ち上げて頃の元気はないが、それでも人間の、性分はそんなに変わるものではない。今でも川柳が続けられるのも、こんな気分がまだあるからなのかもしれない。
万歩計は4.388歩
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くじら飼う池で大根洗ってる
民謡では、土佐の池には、鯨が泳いでいるそうだが、中国新聞の連載小説、白鯨(夢枕獏)の314回目は、中浜万次郎こと、ジョン万次郎は、土佐の鯨取りの船で遭難し、アメリカの捕鯨船に助けられ、初めて万次郎の銛で鯨を捕った、記念すべき日である。もうこの小説はどこまでつづくか、先は長くない。
余花に逢う再び逢い...【続きを読む】
立ち話片一方はふんふんふん
片方は熱を入れていても、もう一方は聞いていない。世の中はこんなものである。川柳もこんなものである。
タケノコ飯をたくさん作ったからと言って、頂いた。母さんも美味しいねと言って、たくさん食べてくれた。元プロの出来は違う。上に乗せる金糸玉子までついていたのには、さすがだと思った。
晩の歩きをしていたら、...【続きを読む】
推敲や月下の門を敲く故事
20年の前の句帳の句。言語明瞭意味不明とはこんなな句の事を言うのかもしれない。
家内はデイサービスの日。送り出すときには、車の中から手を振ってい居たが、かえって車から降りる時は、運転をしてきたお兄さんに、車代はいくらですかと聞いている。もう馴れっこになっているが、普通ではない。夕食は外食で済ませて帰...【続きを読む】
川柳奉行200号達成。川柳ひろば296号
奉行は、昭紀さんや、会員の仲間のお陰で、200号達成することは出来た。ひろばは、元々、立ち読みコーナーで出発して、60号から、ひろばに改名したものである。出発点は、公園のフェンスや、ガードレールに、立て看板を立て、投稿をお願いし、組内の、27軒のポストに入れて回ったのが始まりである。1年目くらいから...【続きを読む】
桐一葉踏んで無学を恥じる秋
今さら悔やんでも仕方がないが、くだらないバライテイを見るき気にはならない。コロナを機会に、積読の本を読むのに、平生よりはたくさん時間を割いている。おかげで、太宰治全集を、だいぶ読み進んだ。
家内はデイサービスの日。連絡帳によると、塗り絵の最中に、眼がが済むと言って、後のリクレーションを休まれたとあっ...【続きを読む】
見て嗅いで触って舐める好奇心
以前は良く、保育所の交流会に良く出向ていた。ハーモニカの叔父さんで、通っていたが、何せ、今の子供は昔の童謡をほとんど知らないので、今の童謡の楽譜を先生にあずかって、ハーモニカの楽譜に落として吹いたことが何回かある。そんな時に気づいたのだが、子供は何でも五官をフルに使って、ものを知ろうとするので、気が...【続きを読む】
うつ伏せて痛みに耐えて逝った母
母が63歳で亡くなって、来年で50会忌を迎える。胃がんで亡くなった母は、見舞いに行くたびに、ベッドに蹲って、痛みに耐えていた。平日仕事の帰りに行くと、男は仕事が一番と、追い返すようにして、見舞いに来なくてもよいと、言っていた。明治41年生まれの母らしい生き様であった。父は私が5歳で亡くなったから、5...【続きを読む】
街の路地匁秤で売る魚
尾道には「ばんより」と言って、手押し車に魚を積んで、ばあちゃんが、一軒づつ売って歩いておられたが、今は、まだ居られるか、どうかわからない。もう20年以上も前に、尾道の友達から聞いた話である。
GGは今日、思いのほか成績が良かった。21.17.20.21で79.久しぶりに80を切った。今日はこれくらい...【続きを読む】
諍いへ般若心経諳んじる
悪いことが続くと般若心経を唱えたくなるのは、歩き遍路をいくらかやったせいかもしれない。般若心経奉讃文に言う、般若心経は、僅か二百十余文字なれど、釈迦一代の経、即ち、天台経、毘慮舎那経、阿含経、華厳経方等、般若、法華経等一切七千余巻より、選り出されたお経で、神前にては、宝の経、仏前にては花の経、まして...【続きを読む】
選挙戦太いパイルがアダになり
一億個千万円はよほど太いパイプがないと、調達できない。それを夫婦で無謀に使ったのだから、助からない。渡した自民党幹部は、知らぬ顔をしているが、コロナがなかったら、今頃は、文春砲の血祭に上がっているかもしれない。
家内がデイサービスの間の草刈りや、庭の草取りをしたので、綺麗になった。コロナの先が見えな...【続きを読む】
肩書を欲しがる欲のない男
勲章を胸いっぱいにつけて満足するようでは器が小さいと思う。たたき上げは、勲章を授与する側になる事を夢見ている。田中角栄が総理大臣になった時、記者が、角栄の母親に、ご出世おめでとうございますと言ったら、息子は東京へ出稼ぎ行っただけで、大したことはない。と言ったそうです。
散歩の途中芝さくらに似た花が...【続きを読む】
知恵の輪が抜けぬ会議はまだ続く
緊急事態宣言の期日が近づいて、やたら会議が増えているようだが、いずれも迷路から抜け出せない状態のようである。取り敢えず、緊急事態宣言を、1か月ほど伸ばすことにするようであるが、1か月先に、解除になる保証はない。ある日突然やってくる解除に、国民は平静でおられるであろうか。今から褌を締めて...【続きを読む】
高い塀セコムと書いてある隣
金持ちの家は安全を、お金で買っていなさるようだ。我が家の安全は、つっかい棒で済ましている。国家は原発を持ちたがるし、列強は売りたがる。みんながつっかい棒くらいの国防費で済ませていたら、コロナウイルスのワクチンは、もっと早くできていたに違いない。コロナに後れを取った、いけないと思ったのか、アメリカが、...【続きを読む】
湯割りからロックにかえるコロナ明け
今日から焼酎はロックに変えた。毎年この時期になるとロックにかえるのは恒例になっているが、今年は、非常事態宣言が、5月6日まで、全国に発令してあるのでこのようにはいくまいが、希望的観測を持って作ってみた。
つつじがきれいに咲いたが、名も知らぬ小さな花も、捨てたものではない。干からびた...【続きを読む】
テロリストだった絵本の桃太郎
呉市出身の、映画監督、森達也氏文章読んでいて、ヒントをもらった句である。日本の童話も、外国の童話も、表向きの意味とは随分違った意味が、奥に隠されていることを知ったのもこの本を読んだころであった。
大阪のパチンコ屋は、名前を一部公表されたが、それが逆目に出たようである。私たちの,GGの仲間も、これまで...【続きを読む】
天皇を引っ張り出して植樹祭
例年は恒例のように行われていたが、今年はコロナのせいで中止になった。それどころか、国事行為の立皇嗣の例も延期になった。こうしてみると、コロナ禍は、戦争時代を思い出させるように、私権を無造作に侵害するような空気がだだよっているようで不気味である。
1945年つまり、昭和20年には、大本営は本気で、本土...【続きを読む】
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