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CIMG0320今日は長崎に原爆が落ちて71年目。生き残った被爆者の平均年齢も80才を超え、反核の団体も、一つまた一つと閉じられていくようです。表題の「どげもんか煮え湯飲んだらわかるじゃろ」の句は、私の記憶では14.5年前の番傘同人の所に出た句で、作者の名は失念したが、たしか長崎の人の句である。私は原爆の被災者の苦しみを、これほど適格に表した句を今まで見たことがない。森脇幽香里さんの原爆句集も大変な力作であるが、この一句にはかなわないと思っています。今日一日は祈りの日である。

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情操教育の一貫として小学生や幼稚園の生徒に、花を植えさしている。また、花壇のコンクリート面に思い思いに絵を描いている。どの絵も天真爛漫、美術館の絵のように理屈はない。私は子供の絵を見るのが好きであ... 「八月の蝉はピカドンで死んだ」の続きを読む
あの日は雲一つないよく晴れた日だった。僕は国民学校高等科1年生の12歳。朝から、防空壕を掘るために、朝礼をしていた。閃光の次にどどっと言う地響きそのあとに西の空に上がったきのこ雲をあの時この目では... 「グラマンもB29も見たそしてロッキードも見た」の続きを読む
71年前の8:15分広島に原爆は落ちた。約30キロくらい東の、安芸郡下蒲刈村(現呉市下蒲刈町)に住んでいた。私たち一家は父を亡くして7年目、母方の里へ親子3人が寄留していました。当然のことながら生活... 「眼から火が出たと母親逃げ帰り」の続きを読む
上の写真は、何年か前に震度5弱に耐えた石灯篭である。大きな石の笠を小さな石の四本柱でバランスを取っている。今の学問では簡単に計算できる重心の位置も、だだ石工の勘で据え付けた灯篭が、震度5に耐えたとい... 「敗戦を認めたくない終戦日」の続きを読む
ゴミの分別が始まってだいぶ月日がたつが、相変わらず、黄色いシールを張られて残されている。どの年代の人のゴミが残されるのか、統計を取ったことがないのでわからないが、みんな自分ではないと思っているらしい... 「分別がなかなかできぬゴミ袋」の続きを読む
網戸には招かざる珍客が時々やってくる。ヤモリも人間と同じように指が五本ある。虫を食べてくれるのでありがたい。クマゼミは午前中に、命の限りないているが、どうも桜の木が好きらしい。 こんばんわ。午前中は... 「クマゼミもヤモリも寄ってくる網戸」の続きを読む
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