●大相撲に50歳の現役力士が誕生した。現役最年長の華吹(はなかぜ、立浪)が28日、50歳の誕生日を迎えた。現役で50歳を迎えるのは、昭和以降初めて。【日刊スポーツ 佐々木一郎、高田文太記者】
●現役唯一の昭和入門、史上最多199場所目を迎えた西序ノ口4枚目華吹(はなかぜ、48=立浪)が、3つ目の元号となる令和の土俵に上がった。年齢が3分の1の16歳松ケ島に、土俵際まで押し込まれたが上手投げで逆転。先場所は7戦全敗で2場所ぶりの白星を挙げた。それでも取組後は表情を変えず、新元号を迎えた心境も「何もありません」。どんなに質問されても「すみません。しゃべらないようにしているので」と、昭和の力士らしく口数は少なかった。
●中学を卒業する86年(昭61)3月春場所で初土俵を踏んだ。同期の巌雄は前頭筆頭まで出世して19年前に引退後、現在は山響親方として日本相撲協会の理事を務める。
●一方の華吹は最高位三段目で、通算641勝719敗13休。序ノ口で取るのは88年(昭63)7月の名古屋場所以来、31年ぶりだった。33年以上相撲を取っているが、場所ごとの手当以外、プロとしての正規の収入はゼロだ。
●それでも現役を続ける理由は何か?華吹より1年遅れて入門、現在は師匠となった立浪親方(元小結旭豊)は「文化や伝統を継承してほしい思いも記録へのこだわりもあるのかもしれない。この年齢まで、すごいこと」と代弁。2月に亡くなった双羽黒が横綱昇進前に入門した生き字引は、令和でも勝ち越しを目指している。
●昭和の男はどんなに質問されても「すみません。しゃべらないようにしているので」と、口数が少ないのですか。良いですね。大好きですね。令和のサラリーマン社会にも似たような男がいます
蒸し蒸し感の今日は5月29日(金)。晴れときどき曇り午後はにわか雨。16~27度。今日がお誕生日の方、おめでとうございます。今日は①4月の完全失業率(総務省)。②4月の有効求人倍率(厚労省)。私は11時40分駅前のW歯科で9回目の虫歯の治療。金曜日のお買い物は奥方のお出ましです。ところで、今日は横浜大空襲の日。1945年5月29日の昼間に米軍のB-29爆撃機517機、P-51戦闘機101機が来襲。「横浜大空襲」が行われた。1時間8分の焼夷弾による爆撃で、中区、西区、南区、鶴見区、神奈川区、保土ケ谷区が壊滅的な被害を受けた。私は忘れられません。今年は75年目。開催予定の「『5・29』横浜大空襲祈念のつどい」が、新型コロナウイルスの影響で中止。主催する市民団体「横浜の空襲を記録する会」は、感染状況をみながら年内の実施を目指すとか。つどいは同会が毎年5月に実施。今年は当事者の体験談のほか、横浜市出身の作家大仏次郎が大空襲直後の横浜の様子を記した「敗戦日記」の研究者が登壇予定だった。会場の「横浜にぎわい座」が休館中のため中止を決めた。ところで、みんな違ってみんないい川柳。今日は山田ゆうと氏の句です。
●かみさまはないている子をわらわせる 山田ゆうと
(みんな違ってみんないい鑑賞それぞれお楽しみ下さい。)
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茂男さん、こんにちは。
現役へのこだわりは応援したくなりますね。口数の少ないアスリートは魅力的です。背中で結果で喋ってくれればいい。勝ち越しを目指して欲しいですね。
空襲なんてとんでもないこと。今日の大切な集いも見送られるとは残念です。戦争のない毎日が続きますように。平和な毎日は当たり前で普通なことではないのですね。
恵さん、こんにちは。50歳で土俵人生を続けられることは素晴らしいですね。応援させていただきます。口数の少ないのが魅力の一つです。1年でも1場所でも多く土俵人生を伸ばして欲しい。また、あの「横浜大空襲」は惨かったです。逃げられないように周りをぐっと焼いて中心地を爆撃しました。東京も同じです。また、横浜市大の方を中心に「横浜の空襲を語り継ぐ」ことを継続して行っております。機会がありましたら覗いて見て下さい。今日もありがとうございます。こちらはまだ雷雨に見舞われておりません。
唐突にこんにちわ。昨年の常磐会に久しぶりにお会いした元部下の森野です。こちらに書いてよろしいのかためらいましたが、別件でWEBで検索したらこちらにたどり着き、書かずにおれませんでした。句を詠まれていたのは存じてましたが、すごくご活躍されており大変感動しました。さて、その別件ですが、このコロナ自粛のご時世で、自宅待機中に断捨離で昔の手紙を整理してたら、中学の時の手紙が出て来ました。その中にいつもきれいな字で丁寧な手紙をくださる高橋甫さんという先生?からの手紙がたくさんでてきまして、どんな方だったのかも思い出せず、中学の堀井克子先生の関係で紹介いただき文通?のようなことをさせていただいたことまでわかりました。何をされてた方だったのかとWEBで調べたら、なんと同じページに二宮さんと高橋先生堀井先生の3人の名前が出てきて本当に驚いております。同じ川柳の同人の方なのでしょうか?よくご存じなのでしょうか?今はどうしておられるのでしょうか?多感だった中学の私にいつもお手紙をくださり、ありがたいなあと今しみじみとはがきを眺めています。おそらくお二人とも私のことなどは覚えておられないでしょう。
しかし二宮さんとのご縁には驚きました。こんな形でつながるなんて!
長くなって申し訳ありません。
お二人の先生について何かおわかりでしたら教えていただきたく存じます。
昌子さん おはようございます。高橋甫さん、堀井克子さんとも横浜の川柳「路」同人で、若いときに私は数年間、この「路」誌の編集、発行をしたことがあり、両氏に大変お世話になりました。高橋甫さんは残念ながら亡くなられましたが、堀井克子さんはご主人さまの勉氏とコンビで現役の川柳家です。それにしても、懐かしいですね。I人事課長さん、Uさん、Mさん、私でY大で最初で最後の1回だけのの「全学教職員大運動会」を実施しましたね。また、NHKどど自慢大会への出場等など懐かしいですね。この続きは、後回しにして、今日のブログを更新します。失礼します。暫し、お待ち下さい。ありがとうございます。以下、続きです。今、Uさんがピンチです。膀胱などガンとの戦いを続けておられます。私は祈るようにして見守っております。きっとこのピンチを乗り越えて下さる。信じています。老いた犬と猿のラジオ体操の時間です。続きは手紙を書きます。