伊吹衆院議長は9日、岐阜市で開かれた自民党の政治塾で講演し、体罰の是非について「戦争直後の教育を受けたので、私もだいぶ殴られた。しかし、嫌な思いは残っていない」と自身の経験を明かした後、「体罰を全く否定しては教育はできないと思う。教える側も人間性を磨くことが必要であり、古典を読んで歴史を学び、見識を広げて欲しい」と語った。私も思いは同じで、「あのとき、殴ってくれてありがとう」、子から見上げられ、慕われる親、師は今でもきっといる。
今日は晴れても寒そう、気温も人のこころも暖かい湘南の「二宮川柳会」の学び合いです。
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おはようございます。戦時中育ったので、毎日、連帯責任で全員が殴られました。50人クラスだと誰か失敗するから連帯責任となると殴る理由は必ず出てくるものです。戦時中といえどこの教師は異常でした。他のクラス、学年では全員が毎日殴られることはありませんでした。殴るのも程度ものです。嫌な思い出ばかりです。この教師は戦後一切、我々の前から消息を絶ちました。
この教師は特別ですが、子どもに愛情を感じされるような殴り方は難しいですね。ボクは伊吹衆議長の真意を汲み取れるが、誤解を招く危険な発言ですね。この発言を撤回しないといいのだが・・・。
無冠帝さん おはようございます。私は、連帯責任で全員が殴られた経験はありませんが、先輩から聞いたことはあります。私、高校時代、「メグリヤ先生」が自ら「ナグリヤ」だと公言する場面がありました。へんてこな方は、常に、どこかにいるものですね。ありがとうございます。
この記事に違和感を覚えましたのでコメントいたします。
戦争中のことは過去のことです。過去の体罰の是非を論じても、それは異次元の議論になります。
今日の体罰は刑法にいう暴行罪に該当します。また、地位を利用した体罰はパワハラにもなります。さらに最も危惧することは殴られる者の人格を侵害していることです。これら今日の価値観をご理解ください。
「泣きながら殴ってくれた師に感謝」は体罰を容認していると理解します。しかし、それは今日では間違いです。川柳界のリーダーがこの程度の理解力では川柳界に嫌悪感が湧いてきます。川柳は時代とともに変化するもの。川柳人も時代の変化に順応することが必要です。現在社会の基本的な考え方を今一度ご確認ください。愛の鞭は現在では犯罪に等しいということです。わが子を殴っても同じですよ。