食事会娘夫婦のサプライズ
我が家は正月2日に食事会をすることになっている。家内は2019.1.1が誕生日なので、家内の為のバースデイケーキで祝ってくれた、サプライズで食事会が大いに盛り上がった。家内曰く、私は昭和14年1月1日の誕生日で、戦争中の事でもあり、誕生日にあらたまって祝ってもらったことがなと、元旦...【続きを読む】
おみくじは、大吉と末吉
家内が足が痛いと言うので歩いて5分の宇佐八幡へ、車で初詣に行ったら、渋滞に巻き込まれて、30分ほど待たされた。おみくじは、家内が大吉で、私が末吉。足して2で割れば、中吉でバンバンザイだが、おみくじはそうはいかないらしい。家内の物忘れは、今年は小康状態で納まってくれればと願うのみである。私の末吉は、今...【続きを読む】
明けましておめでとうございます。
今年も毎日恥をさらしながら、ブログを続けることが出来ました。長男は盆に親子4人で東京から帰ったので、正月は帰らないとのこと、、長女は大阪八尾から元旦の夕方帰ってくるとメールあり、次女は市内に住んでいるが2日の夕方孫を連れて、お年玉をもらいに来るらしい。じいとばあにはどっちみち用はないらしい。
年越し...【続きを読む】
抽象の馬が方向見失う 2002
抽象の馬とは私自身。当時定年を1年残した69歳である。迷いに迷って川柳奉行の立ち上げを決断した年でもある。苦しみの中で出来たのがこの句である。方向を見失いそうになった時助けてくれたのが、隣組の投句を続けてくれた柳友である。その中にはもう鬼籍に入られたかたが、数名いるが、今でも残って、奉行を支えてくれ...【続きを読む】
島中がシャネルの5番みかん咲く
島育ちの私は、5月に咲くみかんの花の香りが、シャネルの5番と思ったには、島を出て、会社勤めをしてからだった。島で育っていたころは、ミカンの花が咲くころ、身近に決まって喘息になる人がいたし、空襲警報で明け暮れていたので、香りを楽しむ余裕はなかった。17歳で会社勤めをし、女に囲まれた職場で、色気付き出し...【続きを読む】
湯加減を問うて娘に叱られる 1998
こんな若い日が、私にもあったが、今では、二人とも老いぼれて、家内は足が痛いと言い出すし、私も、膝にヒアルロン酸を、2週間に1回、注射する始末。
今年も28日、忘年会も済み、プールも昨日すみ、GGも今日終わった。お好み屋だけは明日まで営業。あとは、ちょっとした掃除と、30日に買い物をすれば、今年の行事...【続きを読む】
体育の時間にメガネ置き忘れ
私は小学校2年生からメガネをかけていた。体育の時間には、運動場の片隅にメガネを置いて、駆けっこや、鉄棒をしていた。その頃はまだメガネに慣れていなかったので、メガネをかけるのを忘れて、教室に入ってから気づくような、へまばかりしていた。学校で気づけばまだよい方で、家に帰って気づいた時には、もう日が暮れて...【続きを読む】
七桁も書かせてはがき舞い戻る
その昔、郵便番号が五桁から七桁になった。自分の過ちはそっちのけで、ぼやいた、ぼやき川柳である。いま、土曜日のラジオで、大西泰世さんが、ぼやき川柳をやっておられるが、大会などの選者の句とはだいぶ違う様である。どちらが良いとか悪いとか、言う気はないが、庶民のぼやきも立派な川柳である。それが証拠に、新聞の...【続きを読む】
潮騒の地図から消えた島がある1994
大東亜戦争中に、地図から消えた島が、広島県にあった。言わずと知れた当時の、豊田郡忠海町(今は竹原市忠海町) 大久野島である。国際条約違反の毒ガスを製造をしていた。その時は男も女も徴用で引っ張られ、毒ガス製造の作業をさせられていた。確かイペリットとか言う薬品の後遺症で苦しんだ人が私の周りに、最近まで、...【続きを読む】
しめ縄の絆ビールも日本酒も
地域の老人会が長年続けていろものの一つに、しめ縄作りがある。地域に、二十数か所ある祠の、掃除と、新年を迎えるに当たり、新しいしめ縄を取り付けて、新年を迎えるのである。その縁で、忘年会という、般若湯と言うお神酒を頂く会がある。しめ縄作る人がだんだん減って、この会もいつまで続くかわからな...【続きを読む】
むつかしい事は云わずにリンゴ描く 1994
この句は1944.6.3号のアサヒグラフの「かたち」の兼題で、新子座に掲載された句である。「そうね、それがいい。リンゴの形はストレート。幼児がクレヨンで描く最初の花がチューリップ、果物はリンゴ。人間はおかあさん。あの原点へ帰ることだ。一日も早く。」とは新子さんの選評。ちなみに、このころの新子座では、...【続きを読む】
一輪の梅にためらう花ばさみ(1994)
私が俳句に出会ったのは15歳の時であった。15歳で、今のJAの前身である、農業会月給500円で就職したときの上司が、元陸軍伍長のバリバリで、北支、中支の戦場を駆け巡ってきたつわものであった。その人が酒を飲んだら「♪春まだ浅き戦線に/ほんのり香る梅の花/せめて一輪母上に/便りに秘めて送ろうじゃないか」...【続きを読む】
鉄を知ってから不しあわせが続く
にんげんの歴史の中で、鉄を発見してからずいぶんと便利になったように思う。それと同時に、大量殺りくの兵器を作って、戦争は拡大の一途をたどってきた。その頃は、人間は賢い生き物だと思っていたが、どうもそうではないらしい。国家予算も100兆を超え、後世に、借金を残す予算は去年と変わりがない、兵器購入は予算も...【続きを読む】
半歩さき歩けと母の遺言状
私の父は昭和13年に30歳で亡くなった。は母29歳、私は5歳、妹は4歳の年子であった。父はその時兵役満期で、徳山の海軍燃料廠に勤めていた。工場の計らいで、父が勤めていた、工場で働くことが決まったので、子供を幼稚園に入れるむね、本家の姑さん話したら、本家に子が幼稚園に行ってないのに、分家の子を行かす訳...【続きを読む】
逃げ込めばみんなおんなじ傷を持ち
昔は、逃げ込む場所があったが、今は、逃げ込み寺も亡くなった。行政がSOS電話を設置しているが、矢継ぎ早の質問をするだけで、当人の話は聞いてくれないようだ。そこには上から目線で質問する役人がいるだけである。スマートフォンは徹底的な個人主義を煽るだけで、他人を思いやる気持ちはさらさらない。平成の時代は、...【続きを読む】
人を追い越したりしない登山靴
私は本格的な登山をしたことはないが、若い頃は、よくトレッキングに出かけたものである。もの言わぬようになったら八合目 と言って、みんな黙々と歩を踏み出す。誰も追い越したりはしない。歩き遍路の時には、それが徹底して、時間を決めて後続が来るのを待っている。今日の打ち止めの地点ではみんな一緒にゴールをする。...【続きを読む】
精いっぱい飛べば老害だと言われ
人生百歳時代だと言われても、世の中そうはいかない。百歳になっても、「今頃の若い者は」などと、とかく出しゃばりたがる年寄りが多くていけない。せめて隅っこで静かにしていれば、それなりに重宝がられるが、体も十分に動かないのに、一線でものを言うのは、老害と言うよりほかにない。百歳にもなれば自分を磨くことに専...【続きを読む】
フクシマの土が貫く黙秘権
今日は県民文化祭の表彰式があったので、家内を連れて行こうと思ったが、朝になって、「いかない」と言い出したので、出発のリズムが狂ったが、12:30集合だったので支障はなかった。知り合いも何人かおられたのが、句会で一緒の、高橋鬼焼がんがおられたのにはびっくり。式の後、部門ごとに、別室に集まって、入選句の...【続きを読む】
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