酒好きも大酒飲みも同罪だと思う
忘年会に引き続いて、尾道の千光寺山荘で新年会と言う、飲み会をやった。部屋からの景色は、いつ来ても、抜群である。帰り際には、もう花見の話も出ていた。
今日は家内が、絵手紙の日で、その時間ごろに電話をしたら、素直に言ってくれた。家から歩いて500歩ほどの所にあるので、一人で行...【続きを読む】
天下り新聞でだけで五時になる
その昔私が勤めていた土建会社にも天下りがいた。その人が言っていたが、新聞1枚あれば、裏表で午前中は持ちます。と言ったことがある。ましてや、新聞が一部あれば5時までは、楽に過ごせると言うものである。私にはとてもじゃないが性に合わない。天下りを雇う方も、雇う方だが、来る方も、来る方である。40年経った今...【続きを読む】
オーバーの無い歳正月を淋しがり
この句も、私が19歳くらいの時に作ったくで、、その頃のことを思い出すと、ほろ苦がさが胸いっぱいに広がってくる。今でこそ、正月にオーバーを来ている人はあまり見かけないが、昭和27頃はみんなオーバーを着て街を歩いていた。それも厚ての布で作ったものであった。会社勤めの寮暮らし、気ままと言えば気ままな生活の...【続きを読む】
町内避難訓練~とんど~サウナ~福山渦句会~プール
朝7時に町内放送でたたき起こされて、今日は避難訓練の日、あいにく雨の中を、家内と歩いて、近くの小学校へ避難。避難した人は町内の1/10もいなかったと思うが、行政としては、マニュアルの一部かもしれない。実のところ家内も足が悪いので行くまいと思っていたが、家内が積極的に行か...【続きを読む】
係長のウソ都合よく通るなり
この句は私が19歳の時、今から67年も前に、読売新聞の初めて掲載された句である。17歳で入社して2年。その頃は、ユニオンショップ制と言って、入社と同時に労働組合に入ることが義務付けられていた。若気の至りで何もわからないのに、労働組合の使い走りのような仕事をしていた。そんな頃、旧制中学を出ただけの係長...【続きを読む】
GG 介護ベッド搬入 まだ介護支援受けられず実費
GGが出来るうちは、介護保険の世話にならず、保険料を払うだけだと、ブツブツ一言っているが、この人たちも、やがては介護保険の世話になる。保険は受けてなくても、足腰の痛い人は多くいて、布団からベッドにしたと言う話はよく聞く。家内が足が痛いと言って起き上がるときに、難儀をするので、思い切ってベットにして...【続きを読む】
ハーモニカ~プール
ポピュリズムと言えば、政治の世界だけかと思っていたら、クラシック音楽にも及んでいるらしい。そもそもポピュリズムとは、広辞苑によると、一般大衆の考え方・感情・要求を代弁しているという政治上の主張・運動。と最初に出ている。ポピュリズムが、クラシック音楽に及んでいると言ったのは、都市と公立ホールと題して、...【続きを読む】
今日は私の誕生日御年86歳なり 稀勢の里引退
公園の隣の家の、蝋梅が咲いた。この花が咲くと、9時30分になると、GG場に陽が当たってくれるようになる。これからは猫の目ほどづつ、陽が当たるのが早くなってくれる。蝋梅と書いても梅ではなく、ロウバイ科落葉低木と広辞苑にはある。
寒いので完全防備準備をしているメンバー。健康の為とは言い...【続きを読む】
誕生日イブ
明日16日は正真正銘の御年86歳の誕生日である。昭和8年の1月16日の江田島生まれ。父25歳母24歳の時の子である。父は昭和7年から9年まで、兵学校勤務で、機関兵であったので、実習教官をやっていたと母から聞いている。そういえば、大正15年2月に機関工業技量査定合格(鑢削)とあり、同5月第42期工術練...【続きを読む】
石鹸の匂い同じにして別れ
若いころに作った句であるが、勿論フィクションである。などと言い訳すのが怪しいと言われれば、額面道理取っていただいても結構。今更罪にはなるまい。人畜無害になった私を相手にする人はいない。
今日はGGの1月コンペ。3ゲーム66では、入賞はない。参加賞のゴミ袋と、差し入れの、聖護院大根をもらって帰る。
晩...【続きを読む】
フルムーン二合の酒に酔う二人
金婚式を迎えたころは、私も家内もまだ元気であった。1泊2日のバス旅行であったが、宮崎経由で高千穂の宿で、焼酎を二人で飲んだ。飲んだと言っても、家内は一口飲んだだけで、あとは私が頂いたが、楽しい夜を過ごすことが出来た。あれから10年。この4月の十日は二人のダイヤ婚である。物忘れがだんだんと進む家内だが...【続きを読む】
10回で終わりを迎えた 新春たましま川柳会
最後の大会を締め括った、選者のお歴々は近郊の川柳会を代表する人ばかり、中でも新家眼時完司さんは、日本を代表する選者。その完司さんから平抜きではあったが2句入選したことは、晴天の霹靂。何をおいても喜ばしい限りである。曲者の西村みなみさんには、予想道理全ボツ。相性だけではないようだ。
...【続きを読む】
ハーモニカ プール
三原の市役所も3月の竣工を目指して、最後の追い込みに入っているが、例の免震構造不良の問題で、今鋭意取替中だと言う。担当課長も頭の痛い話である。それにしても、織田信長以来、権力者は立派な城に住みたいのか、日本中の市庁舎の新築のニュースは後を絶たない。
三原の内港は三原駅から、徒歩500歩くらいの所に...【続きを読む】
尾道川柳同好会
尾道で油絵と言えば、小林和作。和作と言えば海。写真は同好会会場の、福祉会館のロビーに、大胆なタッチで、海の模写を市営るのが飾ってあった。川柳にも、海といえば、杉原正吉、旅と言えば、斉藤正一、風と言えば、高橋鬼焼と身近に名人がいる。正一、正吉は、すでに鬼籍に入られているが、鬼焼さんは、我が川柳奉行の...【続きを読む】
念仏の声が聞こえるまだこの世
いつだったか、ずいぶん前の話であるが悪夢にいなされて、明け方目が覚めたことがある。私が頓死して、大勢集まって葬式の準備をしている。私は棺にいれられ窮屈な思いをしている。どこからか坊さんのお経が聞こえ出した時に目が覚めた。ぐっすり汗をかいていた。
その頃わが社で、酸欠による3人の死亡事故が起こしている...【続きを読む】
川柳奉行新年句会
毎年恒例の新年会を兼ねた句会が、楽しく行われた。出席は18名で去年より5人少なかった。御多分にもれず、奉行にも高齢化波が押し寄せている欠席の大半は、本人か配偶者が何らかの疾病で、入院か家で療養中だと聞いている。出席者の中にも、88を筆頭に87・86・85と4.5人いる。
私もその中の一人であるが、今...【続きを読む】
逆縁を風が知らせる原爆忌 川柳擬より
八月六日の朝、多くの、学徒動員が、勤労奉仕に狩り出された。そして、中学校や女学校の生徒が死んだ。わが子探す親の姿は広島の街では何か月も続いた。運動場に穴を掘って投げ込まれ、石油をかけておびただしい人を焼く光景もあちこちで見られた。学生服に縫い付けられた名札が運よく見つかっても、骨とは一致しない。それ...【続きを読む】
惜春鳥追えば十九の海が見え(川柳擬より)
惜春鳥という映画は、1959年(昭和34年)に公開された、監督、木下恵介音楽、木下忠司の兄弟コンビで話題をさらった映画である。私が26歳結婚した年である。あのころは、「十代の性典」に代表されるような、青春物が、大映を中心に、流行っていた時代である。テレビは勿論なく、逢引きと言えば、映画館か、ダンスホ...【続きを読む】
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