無い袖をふれとテイッシュを渡される
最近はあまり見かけなくなったが、サラリーマンローンの勧誘が駅前に良くたっていた。金がなければ、お貸し、しましょうと、悪徳商法の手先になる事を
勧められたものである。一昔前の苦である。
家内がデイサービスの間に家の周りの草刈りをしていたら、キュウリの支えにトンボににた昆虫が止まっていた。天気に誘われ...【続きを読む】
無縁塚たしかににひとり生きていた
歩き遍路は出来るだけアスファルト道は避けて、古いへんろ道を歩くので、小さな石だけのへんろ塚に出会うことがよくある。よく見ると文久の文字が読み取れる。どんな素性の人か知らないが、確かに生きて歩いていた遍路がいたことには、違いはない。そんなことを考えながら、歩き遍路の仲間に入れてもらって、2/3ほど歩い...【続きを読む】
解禁っで忙しくなってきたライン
ハーモニカ教室では、教室でラインのグループを組んでいる。今日先生から、6月から教室が始まる旨の、連絡が入るや否や、たくさんの連絡が、届いた。その大方がスタンでの返信で、こんなに、たくさん来ると味気ないものである。私はあえて、スタンプは使わないが、中には面白いものがあるものだ。
我...【続きを読む】
はじき豆ぼりぼり今年六十九
今はもうそうはいかない。18年も前の句である。子供のころ、海水浴へ行くとき、はじき豆を入れた袋を、お守りのように、首にぶら下げて泳いでいる途中に塩味の利いた豆を食べてのが美味しかったが、今は、茶碗のお茶に少し塩を入れ、その中にはじき豆を入れて、しばらくして食べている。根っからのはじき豆好きなのである...【続きを読む】
行き止まり弥陀のこころがまだ読めぬ
そもそも、般若心経と申す御経は、僅か二百六十余文字で、釈迦一代の経、即ち七千余巻の中から、選びだされたお経で、神前にては宝の御経、仏前にては花の御経、いわんや家のため人のためには祈祷のお経であるから声高々と上げなさい。言って居る。我が家の本家の叔父は、農耕馬を飼ってていたせいか、馬頭観音を信仰してい...【続きを読む】
ちっぽけな幸せ笑いながら泣く
家内が少し、情緒不安定な時には、家内のベッドのそばで、しばらく童謡を歌ってやると、落ち着いて静かに目をつむって呼吸が安定してくる。特に子守唄が効果的だ。昨日は軍歌の戦友を14番まで歌ってやったら、最後まで聞いてくれて、終わると自分から、お休みと言って、お父さんも早く寝んさいと言って、眠ってくれた。
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女三十恋も仕事もぶっちぎり
若い時家内の事を詠んだ句である。そんな家内が、物忘れがひどくなって、デサービス通いだして、この6月で満1年になる。体はまずまず、元気なので、よそ様の事を思えば、ありがたいと思っている。今日も私が、晩の散歩に行くと言ったら、私も行くと言ってついてきた。帰りには、店に寄って何か買うというので、連れて行き...【続きを読む】
高射砲Bへ届かぬ灰が峰
完治さんのブログを開いたら終戦直後、ヤミ米は食わぬと、飢え死にした裁判官のの話と賭けマージャンをやった検事長の話が載っていたので、読んでいたら、急に昭和20年5月から8月頃の空襲の事を思い出した。呉湾を囲むように、灰が峰が連なっており、能美島江田島、倉橋島、下蒲刈島の島々が連なっており、そこの一番高...【続きを読む】
ずり落ちた老眼鏡で見る政治
最近のテレビニュースはなんとなく、政権へ慮ったようで、あまり見ないことにしている。ニュースは、もっぱら新聞の記事からもらっている。名前入りの記事の中には、本音の記事が書いて有ることがあるのでよく読まして、もらっている。コロナで、これだけ狼狽えるのであるから、これから先、地球はどうなっていくのであろう...【続きを読む】
長つづきしない五分のストレッチ
今日、月1回のケアマネさんがやってきて、来月のデイサービスの計画書を持ってきていただき、捺印の上来月もよろしくとお願いをしておいた。ケアマネさんは家内といろいろ、話をしながら情報をチェックさる。帰りに、国からのマスクだと2枚置いて行かれ、コロナの関係か、室内でやる体操のDVDもくださった。早速座って...【続きを読む】
抽象の馬が方向見失う
川柳には具象句と抽象句があるが、抽象句の迷路に入り込むと、方向は勿論自分の立ち位置もわからなくなるので、気を付けなければならない。
家内は良く、二階に、子供がいるとか、外に誰ががいると言って、私を時々困らせるが、夕べは夜中の1時ころ起きて、誰かが来たと言って、玄関を開けて、外へ出るので、私も一緒に出...【続きを読む】
広すぎて海が入らぬ一行詩
月日は百代の過客にして,行きかうトシもまた旅人なり。「奥の細道」の書き出しである。俳聖に倣えば私たちは毎日旅をしているわけだが、それでも今日は「旅の日」だという。日本旅のペンクラブ(旅ペン)が芭蕉の出立にちなんで定めらという。外出も控える今は、ピンとこないけれど、「旅の日川柳」を募っている、旅ペンが...【続きを読む】
上流で堰き止められて川が痩せ
去年は西日本豪雨で、アユの放流はなかったが、今年は例年通り放流することができたと、テレビニュースで報じていたが、例年なら、近くの幼稚園の園児と、一緒にやるのに、今年はコロナで、漁協の人数人で行ったという。コロナは、生活の隅々まで、悪戯をしていけない。今日大方の県は、解除されたようだが、今までと同じよ...【続きを読む】
おはようで今朝も追い抜くウオーキング 泉比呂史選
比呂史さんも、もう亡くなられた。あの頃は、ウオーキングでたいがいの人は追い越していたが、今はほとんどの人に追い抜かれる。それもそのはず、4日ほど前からウオーキングには、杖を突くようになった。歳は取りたくないものである。
GGの日。4ゲーム87でボロボロ。スコアはボロボロでも、歩数だけは、稼いでくれる...【続きを読む】
背なばかり掻いて出世はせずじまい
この句は、相生市民もみじ祭りの大会で、福山の高橋はるか選で入選した、私の句である。はるかさんは、福山渦句会の重鎮であったが、もう15年くらい音信は途絶えている。
家内のデイサービスの間に、家の周りの草刈りをした。植えたかぼちゃも、キュウリもまだ小さいか、実をつけた。トマトは花が咲いたがまだ実の形は見...【続きを読む】
足摺の旅へ虎彦読み返す
2002年、四万十であった大会で、恵美子さんに選んでもたらった句である。出所は23歳の時、定時制、仲間と、自転車で四国の西半分を回った時、田宮虎彦の小説「足摺岬」の小説を、全員で読んでいったことがある。特攻帰りの若者が、戦前と戦後のカルチャーショックの中で、歩き遍路に出て自分を見つめ直すという。作品...【続きを読む】
本物になろうなろうと群れを出る
川柳奉行を立ち上げて頃の元気はないが、それでも人間の、性分はそんなに変わるものではない。今でも川柳が続けられるのも、こんな気分がまだあるからなのかもしれない。
万歩計は4.388歩
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くじら飼う池で大根洗ってる
民謡では、土佐の池には、鯨が泳いでいるそうだが、中国新聞の連載小説、白鯨(夢枕獏)の314回目は、中浜万次郎こと、ジョン万次郎は、土佐の鯨取りの船で遭難し、アメリカの捕鯨船に助けられ、初めて万次郎の銛で鯨を捕った、記念すべき日である。もうこの小説はどこまでつづくか、先は長くない。
余花に逢う再び逢い...【続きを読む】
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