祖父は明治26年、小4終了。母は大正8年6年修了とある。それから母は祖父(父)に連れられて台湾の基隆にわたっている。小6で故郷に帰り、そこの小学校で終了している。
晴れてはいるが、冬の空にはたくさんの、雲が出ていた。上空は風が吹いているのか、雲はじっとしていない。今朝がた、深夜便を聴いていたら、養老孟司が、ラジオエッセイを話されていた。あの方も、今82歳とか健康のために、ウオーキングをされているそうだが、ただ歩くだけでは、詰まらないので、カメラを携帯して、手当たり次第に路傍の植物を撮影し、調べて名前から、学名に至るまでひとつづつ覚えるのだそうである。そのあと、すぐに覚えたからと言って大したことではないとすぐにはぐらかすのは、孟司流のユーモアかもしれない。バカの壁を読んだ時もそんな感じを受けたが、さすが解剖学者。我々とは違っている。
晩飯は、牡蠣フライと、カボチャの煮つけにキュウリ膾。家内は完食。まだ死にそうにはないが、物忘れは少しづつ進んでいるようだ。
万歩計は、4.969歩