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●都内での引退会見。師匠の田子ノ浦親方(元幕内隆の鶴)とともに入場し、「私、稀勢の里は今場所をもちまして引退をし、年寄・荒磯として後進の指導にあたりたいと思います。現役中は大変お世話になりました。ありがとうございました」と挨拶した。我慢と努力の男を惜しみます。

●引退を決断しての心境を「横綱として、皆様の期待に添えないというのは、非常に悔いが残りますが、私の…土俵人生において、一片の悔いも残っていません」と涙で絞り出した。私も泣きました。

●横綱審議委員会からの「激励」の決議を受け、再起をかけた今場所は「覚悟を持って、場所前から過ごして、場所前から稽古してきました。自分の中で、これでダメならという気持ちがあるくらいいい稽古をしました。非公開の稽古に思いを馳せる。その結果、初日から3連敗して。自分の中では一片の悔いもありません」と振り返った。状態についても「非常に、ケガをして以来、自分の中では、一番いい動きができていたので、自信を持って臨みました」と語った。

●17年に負った左大胸筋などのけがについての質問を受けると、言葉を詰まらせ涙があふれた。会見中には、何度も目元をぬぐった。私も何回も泣きました。しのぎを削ったモンゴル出身の朝青龍、白鵬、日馬富士ら各力士についての質問には「横綱朝青龍関をはじめ、モンゴルの横綱たちのおかげだと思っていますし、あの人の稽古ですね。巡業中、見て、背中をおっかけて少しでも強くなりたいと思って稽古しました」 と振り返った。

●一方、青龍はこの日、フジテレビ系「とくダネ!」にVTRで出演。引退が明らかになる前の稀勢の里について「正直言って特別なんですよ。日本を背負った男なんですよ」と語り、4日目についても「絶対に出るべきだと思います」となどとエールを送っていた。ふたりは稀勢の里が04年に幕内昇進後、朝青龍が引退した10年まで、幾度も名勝負を繰り広げた。

●02年春場所が初土俵。17年初場所後に横綱に昇進。横綱の在位は12場所だった。引退後は年寄「荒磯」で行進を鍛える。あと1~2場所休場のチャンスを与えて欲しかった。お疲れ様でした。ありがとうございました。

今日は1月17日(木)。今日がお誕生日の方、おめでとうございます。今日は①知事選告知=愛知②。私は9時かみさんとウオーキング。ところで、「川柳はいふう」No.10を拝受。巻頭言で尾藤川柳氏曰く「第一回共通一次試験「国語」の問題文に「川柳の作者には、一人の芭蕉も蕪村もおらず・・・」というくだりがあり、川柳作家の匿名性を議論する場面があった。もちろん多くの作品は匿名性を特徴とすることに異論はないが、少し目を深く史料に向ければ、世界の芸術に影響を与えた100人の中で日本人としてただ一人名を残した葛飾北斎は、初代川柳から五世川柳迄ながきに渡り川柳風の作者だったし、『偽紫田舎源氏』の江戸の流行作家・柳亭種彦は、四世川柳を嗣号するかもしれなかった川柳風有力者のひとりだった。『甲子夜話』で有名な松浦静山公も川柳作者。決して劣らぬ文化人であり、「芭蕉、蕪村に匹敵する作者はいない」と決めつけるのも一面的である。平成31年は、〈北斎170年忌〉である。北斎翁の力も借りて、誇りの持てる川柳文化を広めていきたいものである。」と。

●川柳氏の句
棒読みのまま目の前の干支遠し
暦剥がしてへし口の父に逢う
半生の梅の捻じれと瘤さくら
頸木を一歩出る舌の痙攣
民意ごと辺野古を埋める厚い舌
忖度の鍋でルサンチマンを煮る
平成の落ち切る砂を見届けて など

●茂男の句
こうすればこうなる老いた犬と猿
忖度は日本の美学小銭入れ
ゴール見え足並み揃う鶴と亀
輪の中で自分に見せている手品
反骨の仲間の通夜で鬼が泣き
正義感邪魔で笑えぬ老いた亀
飢えていた日へジャガイモが転げ込み など

※近藤紡藝氏のご指摘で一部訂正しました。ありがとうございます。

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  1. 埼玉のメロメロ on 2019年1月17日 at 7:15 AM :

    茂男さん おはようございます!稀勢の里~本当に残念です。女性の単純な考えで、不甲斐ない などと言ったら 申し訳ないのですね。何と言っても 稀勢の里の「顔」が好きです。品格のいい 仏像にも似て、優しい男らしさがありました。横綱には「優しい」顔は 要らなかったのかしら?と今思います。 男の涙は切なくて…どんなに辛かったか、独り悩んでいたのですね。これからは横綱の後継者作りに頑張って欲しいと思います。今日も北風が厳しいようです。「心ひとつで あたたかく なる♪」吉永小百合さんの歌でも歌って、茂男さんも頑張って下さい!お怪我のありませんように!

    • 二宮 茂男 on 2019年1月17日 at 8:42 AM :

      埼玉のキラ星さん  おはようございます。勝てずに花道を去る稀勢の里の後ろ姿に「我慢」と「努力」が浮き上がります。言い訳の嫌いな無骨な男でしたね。まだ、32歳、残念でなりません。稀勢の里の顔は我慢と努力の汗で磨き上げた男の「顔」です。品格、気品のある仏像ですか。本当に強い男は「優しい」と思いますよ。強がる必要がないのです。無口で不器用でしたね。「取組を終えて苦しい顔で花道を歩いてくる力士がいるけど、支度部屋に戻るまでが相撲とか。その稀勢の里の涙には魅せられました。今日も北風が厳しいが、ガラス戸越しの寝具は至福顔。「心ひとつで あたたかく なる」は好きな歌です。今日もありがとうございます。稀勢に負けないいい顔でお過ごし下さい。

  2. 岡本 恵 on 2019年1月17日 at 10:38 AM :

    茂男さん、こんにちは。
    潔い引退ではないのかもしれないけれど、諦めないという彼なりの美学であったのだろうと想像します。残念ですがこれからも今までに得たものを生かしてほしいですね。それにしてもお相撲さんはとても若くて引退なのですね。不器用でも一生懸命という姿勢は好きでした。ちなみに稀勢の里の表紙のノートを持っていますが、レア物になるかしら?
    今日も冷たい風の一日ですね。気をつけてお過ごしくださいね。

    • 二宮 茂男 on 2019年1月17日 at 11:09 AM :

      恵さん、こんにちは。惜しまれての引退、ケガは怖いですね。親方になっても「ケガに強い力士を育てるとか」、気合いが入っています。ケガで32歳の引退、親方生活は50年ですよ。きっと、大親方、ひょつとすると理事長になって力士時代よりも名を残すかも知れませんよ。不器用で我慢と努力の男、一生懸命でしたね。それでも勝てずに花道を去る後ろ姿が目に焼きついています。なになに、「稀勢の表紙のノート」ですか。元先生らしい「レア物」ですね。理事長になるまで黙って持っていた方がいいですよ。今日もありがとうございます。インフルが猛威を振るっているとか。うがい手洗いですよと自分に言い聞かせます。今朝は富士山も寒そうに霧に霞んでいました。

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