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高齢者がいつまでも活躍できる社会づくりを提唱した聖路加国際病院名誉院長の日野原重明さんが18日午前、呼吸不全のため105歳で亡くなった。現役医師としての勤務は70年余り。最期は延命措置を望まず、東京都内の自宅で家族らに見守られながら静かに人生の幕を閉じた。3月下旬から自宅療養を続け、10日前から流動食しか受け付けなくなった。療養中は周囲に「ありがとう」と言葉を掛け、最期は「苦しまず、安らかに眠るように亡くなった」という。 100歳で役職を退いた後も、昨年まで緩和ケア病棟を車いすで回り、患者に声を掛けた。「あと10年生きて、いろんなことがしたい」とも話していた。会見で、福井院長は「最期まで『つらいところはないですか』と耳元で何度も尋ねたが、そのたびに首を横に振る。すごい人だと思った」と話す。「『死とは生き方の最後の挑戦』などの言葉が印象深い。望ましい人の生き方、人生の終え方を提言され、まさに自ら実践されて生を終えられた」と評した。私は日本S医学会でお世話になったが、何にでも好奇心があり、終盤は自分を捨てて奉仕のころで生きていたと思います。が、現場の若手医師からは「老害」の陰口もちらほらと。

今日がお誕生日の方、おめでとうございます。7月19日(水)の花は「コバイケイソウ」、花言葉は「遠くから見守っています」。今日は①6月の訪日外国人数(観光庁)②金融政策決定会合(~20日、日銀)③2016年7月参院選を巡る 選挙無効訴訟で上告審弁論(最高裁大法廷)④芥川賞・直木賞選考会(東京都)。楽しみですね。先人・川柳まほろばの勝野みちお氏の句。私は3句目が好きです。

花束がやがて重たくなる出会い
とても素直に回っていつも風車
泣くことはないさ昨日の毬を蹴り
生ぬるい嘘も吊してめおとの樹
片道の切符に母とだけ書いて など

 

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105歳他人に尽くしありがとう”にコメントをどうぞ

  1. 佐藤 千四 on 2017年7月19日 at 8:30 AM :

    おはようございます。
    ご立派な方でした。若し私が100歳を超えて生きるとしたら・・いやそんなことはあるまい。でも考えることは意義がある。

           100歳のことより来月十五日     中八

  2. 二宮 茂男 on 2017年7月19日 at 9:20 AM :

    千四さん おはようございます。ご立派な方でしたね。若いときに結核を患って肺機能に難があったそうですが105歳。強度の栄養失調で私は小3で二十歳まで生きられないと学校医からレッテルを張られて80歳。高校の同期会のメンバでサッカー部の主将のT.N氏等頑強な面々数人が60歳代で他界しました。分からないものですね。「100歳のことより来月十五日」、私は今日一日です。今日も有難うございます。梅雨明けが近いですね。お元気でお過ごしください。

  3. 岡本 恵 on 2017年7月19日 at 5:37 PM :

    茂男さん、こんにちは。
    泣くことはないさ‥‥の作品、私も好きです。昨日の毬に想像が膨らみますね。蹴飛ばすのじゃなくて転がすくらいに蹴るのかな。
    日野原さんは、生き方の最後の挑戦もお手本のようですね。私もありがとうの気持ちを忘れないようにしたいです。
    夏真っ盛り。健康第一で暑さとも仲良く付き合いましょう。

    • 二宮 茂男 on 2017年7月19日 at 6:54 PM :

      恵さん こんばんは。 泣くことはないさの作品のようにいい句は想像が膨らみますね。読み手が思い思いの鑑賞で楽しめます。ところで、日野原先生の生き方は私たちの道しるべですね。挑戦の仕方も多様で素敵なお手本です。また、私の両親も「ありがとう」と旅立ちました。私も同じように人生を締めくくりたいです。また、白鵬が負けて梅雨が明け土用入りです。ウナギを食べて、私も元気でこの猛暑を乗り切ります。今日も有難うございます。芝刈りをしていまして、お礼が遅くなりました。ゴメンナサイ。

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