慈悲無用母は一人で行く彼岸
母が亡くなって、再来年は50回忌である。胃癌ででなくなったが、息子の私に、痛いとは一度も言わなかった。明治生まれのせいであるからかどうかわからないが、死ぬ前の覚悟ができていたのか、私には、冒頭の句のようなことを言って、いくら悪くても、私が会社を休むのを極端に嫌って、追い立てるように会社に行く事を勧め...【続きを読む】
先頭が嫌いで丸い輪を作る
25年前の句である。どこか今の私の面影が残っている句である。進歩をしない証でもある。それでも私の周りには人間が絶えたことがない。定時制の4年間も、およそ45年間の会社勤めでも、幸い零細企業であったことも幸いして、私の周りには、味方とは言わないが、協力者がたくさんいて、私の仕事を助けてくれた。私が、一...【続きを読む】
137選者は僕へ振り向かぬ
西大寺川柳大会へ5時起きで行ったのに、成果は散々、歳をとったせいにはしたくないがもともと未熟のせいなので、選者を責めることはない。家庭の事情で二題の披講を残して、一足早く帰ったら、最後の蘭幸さん選で、佳二ではがきをゲットしたと電話があり一安心。柳友は有難いものである。
6:20頃帰宅。家内が「どこへ...【続きを読む】
友達の友達探す選挙戦
友達の友達が、選挙に立候補した。本人も本人だが、本人の友達もまた、大変である。新聞のニュースも、立候補者の具体的な名前が発表される時期になって、紙面を賑やかにしている。安倍総理にとっても、今回の参議院選挙は負けられないと、税金を使って国民に飴を舐らしている。選挙法では、これが買収ににならないのである...【続きを読む】
バカだねと地球の戦見てる月
いい加減にしてよと、今の国会の、質疑応答。質問する方も、する方なら、答える方も答える方。それでも決まった通りに、予算案は成立し、質問のことはうやむやになる。なんでもありの安倍政権へ物申すものがいない。新聞もテレビもあてにならない。それどころか大本営の片棒担いでいる始末。秋篠の宮家のスキャンダルと、幼...【続きを読む】
淋しがる銭が株価を上下させ
金は元来淋しがり屋で、多くいる所に集まるものらしい。軽い財布には寄り付かない。そう言えば、貧乏人はお金を使えば、お金は必ず減るが、金持ちは使えば使うほど金は増えて行くものらしい。株価を上下させるのも、淋しがり屋の銭がさせる技なので、機関投資家と言われる人たちは、株価の上下の隙間で、資産を増やすのであ...【続きを読む】
当選を重ね手袋黒くなる
今年は選挙の当たり年。我が家にも、すでに二組の候補者が家庭訪問に回ってきた。土日ともなると、それらしき人が、町でちょいちょい見かける。特に私の選挙区の県会議員のは無風状態が長く続いたので、県会議員の顔も知らないのに、いざ選挙となると顔色を変えてやってくる。そうは言っても、手袋の黒い人に、一票は入れた...【続きを読む】
脳トレもラジオ体操から始め
月に2回の脳トレへ、家内を公民館へ連れて行っているが、最初はラジオ体操から始まる。見よう見まねで、やってはいるが、人様と同じようにはいかない。それでも行く事にして行ってくれるので、私としても、大変助かっている。物忘れは、進む一方であるが、そのスピードが少しでも遅れればよいと思っている。
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贖罪の行脚で平成jは終わる
今日は奉行の2月句会。インフルエンザの流行や、高齢化による体調不良で、欠席が多く15名の出席であったが、幸い姫路の稲佐嶽さんが出席してくださったのでいつもとは、違った意味での緊張感があり、引き締まった句会になった。今日の席題は、平成であったが、冒頭の句は、平成の課題を入...【続きを読む】
血を分けて他人になっていく絆
少子化で大事に育てた子供も、大学を出て、東京ならまだよいが、外国に行って、肌の色の違う人と結婚して、出来た孫は、日本語も話せない。まさに血を分けて他人になっていく絆である。それも、高々百年の単位でものを考えるからそれが気になるのであって、万年の単位考えれば、東洋人は、みな兄弟かもしれない。
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力づくでも取ってこい棒グラフ
明石市長の暴言をテレビは、どの局も朝から晩まで飽きもせずに、流している。そのせいか、行きつけのお好み焼きでは、そんな話ばかりで盛り上がっている。一億総白痴化と言ったのは、大宅壮一だが、今になってみれば、アベノミクスの親衛隊に、洗脳されて、民主主義による右傾化が、いたるところで起きている。
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神主と坊主で地獄に席がない
地獄が満席では、我々悪人は極楽しか行く所がない。困ったものである。行きつけないところでは、ストレスがたまる。しかし、よくしたもので、善人なおもて往生をとぐ。いわんや悪人おや、と歎異抄では慈悲深い言葉をかけてくださる。ありがたい事である。
しかし、しかし、まさか、その悪人の中に、権力者や、権力に忖度す...【続きを読む】
雨の中ノルマ果たした万歩計
私の日記の中では、元旦からこっち纏まった雨が降っていないので、丁度1か月目の雨である。冬とは言え、菜園にとっては恵みの雨である。
指の消毒だけの為にだけ、病院へ行くが、抜糸はまだ。看護婦に聞くと、ドクターに遠慮して、はっきり言わないが、普通一週間くらいらしい。その一週間は明日であるが、早く無罪放免に...【続きを読む】
米櫃の底に貧乏神がいる
今でこそ、米櫃の底が空っぽになる家はないが、昭和20.30年代にはまだあって、長屋の隣同士で貸し借りをしたものである。それでもその当時は、日本中が貧乏であったので、みんな明日へ向かって、希望を持つことが出来たが、今は貧富の差が固定化され、中流が消えてしまった。その上今の国会で、いろいろな指数の根拠が...【続きを読む】
まな板で名誉の負傷した小指
立派な蕪を貰ったので、酢漬けにしようと、丸のままスライス。3/4まではスムースに切れたが、何せ丸い形なので、最後所で、手を滑らせて小指を切ってしまった。あまりにも出血が、ひどいのと、破傷風の心配があったので、近くの病院に直行。医者が、縫わない...【続きを読む】
一輪の梅に躊躇う花ばさみ 賢悟
陽射しのよい家の紅梅は、もう咲き始めた。我がの梅はまだ蕾が固い。それにしても早過ぎるのは、温暖化のせいであろうか。それにしても、COP24の批准は日本を含めて、大国ほど鈍い。異常気象も、温暖化との因果関係がはっきりしないなどと、呑気な事を言っている。
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増殖炉もんじゅの知恵を忘れたか
22年も前に作った句であるが、いまだに、もんじゅは生き残っている。フクシマの事があっても、政府はまだ強引に再稼働を企んでいる。温暖化も本気ではないようだ。異常気象による災害が、2018年は、身近に起きて大変だったが、2019年は平穏を願う。しかし、そうもいかないような気がする。
上記は私一人が悩んで...【続きを読む】
小さな親切運動三原支部 実行章 伝達式
毎年1月には、小さな親切運動の、実行章の伝達式がある。今年も3人の該当者に実行章が手渡された。この会も、高齢化で頭でっかちになった感はあるが、頑張って続けている。活動は念年に4回ほどの、草取と、年1回の、赤い羽根募金の街頭立ちである。たったこれだけであるが、もう50年...【続きを読む】
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