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よまし麦は、余増し麦と充てるのが本当かもしれない。今グルメになっている麦は、戦中戦後には、桜麦と言って、金持ちが食べていた。我々母子家庭は、桜麦の潰す前の余増し麦をを食べていた。余増し麦は、一度炊きでは不十分で、麦だけ一度炊いておいて、僅かな米と、サツマイモ入れてもう一度炊くので余増し麦と言っていた。昭和史の正史の中には出てこないが、昭和を生きたものにとっては忘れがたい、余増し麦である。

今朝家内がデイサービスへ行く直前になって、便秘で七転八倒。すぐにかかりつけ医の所へ行って処置。ディサービスの定時には間に合わず遅刻。私が連れて行く。幸いディサービスの場所が我が家から、車で5分とかからないので、受け取ってもらった。済んでしまえば何でもないことだが、私の予定が予定通りにはいかない。

午後はハーモニカ教室。教室につくまでに先生からメール、母の検査が長引きそうなので、休みますので、みんなで練習して下さいとの事。みんな誰かを介護している時代になって大変な時代である。

万歩計は3.343歩



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昭和史の隙間を埋めるよまし麦”にコメントをどうぞ

  1. 前中 五一 on 2021年11月18日 at 10:01 PM :

    よまし麦は初めて知りました戦中派のつもりでしたが、我が家も母子家庭でしたが桜麦飯は食べましたよ、潰して白くしたもので真ん中に褌がありました

  2. 野村 賢悟 on 2021年11月19日 at 7:55 PM :

    本当に貧乏でした。

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