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img135小早川隆景展を家内と見に行った。三原城を建て、隠居後は三原城で死んだ隆景ではあるが、生前秀吉に重んじられ、四国の伊予や、佐賀の名護屋など日本を手広く支配したが、隆景の子の代になって断絶。そのせいか三原にはそれほどたくさんの物はないが、肖像や木彫りなど6点ほど出品してあり、福岡県からは、名島城出土異物他、隆景像・名島城絵図。山口県からは、芸州厳島御一戦之図・備中国加夜群高松城水攻図 写・輝元上洛日記・小早川隆景感状。大阪府方は徳寿丸(隆景)感状・小早川隆景書状2件・木造小早川隆景坐像など。大分県からは、豊前今井元長船戦図。愛媛県からは、猩々陣羽織・村上影親肖像画(複製)小早川隆景書状・大般若経(パネル)・佐賀県からは、肥前名護屋城出土遺物・肥前名護屋城屏風図(パネル)。島根県から富田城絵図(パネル)など、合計52点もの出展があり、しばらく目を楽しませてもらった。観覧の途中家内が肩を叩くので聞いたら、「筥」を何と読むのか聞くので「筥﨑宮」(はこざきぐう)と教えてやったら、不思議そうな顔で分かった様な顔をしていた。物忘れがひどい家内にとっては、こんなことでも会話の対象になったと思うと嬉しい限りである。

追伸 断絶した小早川家にも、末裔がおられ、モータージャーナリスト、小早川隆治氏が東京に住んでおられること初めて知った。

ウオーキングは60分、万歩計は10.404歩。



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