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 高度な技術で難しい球を打つのではない。打つべき球とそうでない球を見極め、相手が隙を見せたら、たたみかける。それが日大三打線。決勝の三回、死球でチャンスをつかみ、高山が変化球をバックスクリーンへ。町田市の日大三は猛練習で知られる。主将の畔上は、夜中に室内練習場で素振りをしていて疲れ果て、そのまま眠り込んでしまい、気づいたら朝になっていたとか。小倉監督は「10年前のチームはけた違いの飛距離の選手が何人かいたが、今回は1~9番まで好打者がそろっている」。競い合ってバットを振り、打ち込んできた。練習は、嘘をつかない。日々の鍛錬が強力打線を生み出した。思い出を残して夏が去っていく。

 昨日は、時事川柳研究会誌上互選の案内をいただき、次の3句選んで、服部会長へ、ご送付しました。ご苦労をおかけします。私の句は「パパと僕図書館ママはパチンコ屋」

 稻ワラを食べて牛肉食べられぬ
 なでしこが見せたほんとの粘り腰
 美容外科癒着にメスを入れられる

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光星と泣き三高へおめでとう”にコメントをどうぞ

  1. 佐藤 千四 on 2011年8月21日 at 8:18 AM :

     おはようございます。
     福島聖光学院、能代高が敗れ残るは光星学院の東北勢。日大3高の優勢は予認してはいましたが大差の敗退でした。日大3高おめでとうございました。
     私の次男一家は町田市に住まっていますが嫁の話ですと3高の偏差値は相当に高いと。少なくとも福島の私の母校よりは上だと。今から小4の孫の心配をしています。
     それにしても東北の私立(野球)高の野球部員の中には関東関西の子供が多くいます。あのマー君もダル君もそうです。昔の三沢高、いわき高、秋田高が懐かしい。

        甲子園に一番近い東北校

  2. 紀伊子 on 2011年8月21日 at 7:42 PM :

    光星学院は東北全体の希望と応援に頑張ってくれました。秋田投手さわやかでした。茨城では取手2高の優勝は公立だったから監督も評価されました。84年大会で桑田、清原のKKコンビを擁するPL学園を決勝で下したのが、取手2高でした。監督が木内さん。木内マジックの原点ですね。そして私立の常総へ引き抜かれて行きました。今年の常総学院は一回戦で敗退。マジックも最後に木内氏も引退声明をだしていました。公立校に頑張ってもらいたいものです。三沢、岩城が懐かしいです。

  3. 二宮茂男 on 2011年8月22日 at 6:00 AM :

    千 四さん
    紀伊子さん

    おはようございます。連日の熱戦。球児からパワーをいただきました。さわやかですね。決勝戦、私は、最後の最後まで光星を応援しました。選手と一緒に泣きました。
    千四さん、私の娘も、町田の住人です。どうぞよろしく。昨日、凱旋しましたね。
    紀伊子さん、私の母校・県立希望ヶ丘は、昭和28年、神奈川代表で甲子園へ行きました。もっともっと公立校に、頑張って欲しいのですが、監督さんが、妻子を捨てて、選手と一緒に暮らす、私立校の力の入れ方を見ると、なかなか難しそうですね。シニアで頑張っている孫も、公立志望です。
    また、暑い日があるのでしょうかね。ご自愛下さい。

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