●東日本大震災の被災地、福島県相馬市で生まれ育った佐々木慎一郎さん(26)は、東京都内の小学校の教員となってから間もなく3年になる。古里から遠く離れ、都会の子どもたちに、震災の体験と自然災害への心構えを伝えている。津波で亡くなった父は口やかましくて「大嫌い」だったが、教員として保護者と接するうちに、父への思いが少しずつ変化してきた。(毎日新聞)
●高校の卒業式を終えて10日後、地震は起きた。自宅のある海辺の集落は津波にのまれ、市内にそれぞれ外出していた佐々木さんと母と弟2人は無事だったが、自宅にいたとみられる父充さん(当時50歳)と祖母節子さん(同70歳)の行方が分からなかった。
●父とはそりが合わなかった。小学2年からサッカーに熱中したが「そんな時間があるなら勉強しろ」と言われた。「長男だから残って家を継げ」。人生を決めつけるような物言いが煩わしくて、拳で家の壁に何カ所も穴を開けた。高校を卒業したら、自宅を早く出たいと思っていた。
●子どもと遊ぶのが好きで、宇都宮市の大学に進学し、小学校教師を目指した。2015年、教育実習で母校の小学校を訪れた。子どもの頃に化石を掘ったり、地域の人たちとごみ拾いをしたりした海岸は、人が近づかない場所になっていた。震災前と比べて児童数も減っていた。仮設住宅と学校を往復する子どもを見て、「自分ならこの子たちの気持ちを分かってあげられるんじゃないか」と考えた。
●福島県では採用されなかったが、東京都で小学校教員となった。1年生の担任を務め、昨年春の避難訓練では机の脇に荷物をかけ過ぎないように注意したのを機に、「みんなが生まれた年に、地震があったの知ってる?」と語りかけた。27人の児童がうなずいた。「先生ね、そこにいたんだよ」「えーっ」「お父さんとおばあちゃんは、津波にさらわれて亡くなったんだ」。教室が静まった。「子どもにも伝わる」。真剣な表情の子どもたちに、手応えを感じた。
●家庭の事情で医師になる夢を断念した父は、職を転々とした。それでも「おまえらを大学にやる金はあるんだ」と口癖のように言っていた。「おやじは俺に苦労させたくないから『勉強しろ』と言ってたんじゃないか」。建築資材会社に勤めていた父がどんな仕事をしていたのか、今なら聞いてみたいと思う。
●今、2人で酒でも飲んでたら、どんな話をするのでしょうか。父親と男の子の確執はお互いに口数が少ないからだろうか。それとも父と男の子は本質的にライバル同士なのだろうか。父親は辛いですね。切ないですね。
今日は3月10日(日)。今日がお誕生日の方、おめでとうございます。今日は①北朝鮮最高人民会議の第14期代議員選挙(平壌)②大相撲春場所(~24日、エディオンアリーナ大阪)。ところで、みんな違ってみんないい川柳。今日は平井美智子氏の句です。
●ジワジワと私を襲う液状化 平井美智子
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茂男さん、こんにちは。
今も父が元気でいてくれたら、もっと話を聞いてあげられたと思います。母親もそうですが、父親になるのは誰でも初めてなので大変ですね。どうしても口数少ない父親は難しい立場なのでしょう。でも息子とはいつか通じ合えるような気がします‥‥。
お相撲が始まりますね。夕方がちょっと忙しくなります^^
恵さん、こんにちは。父と娘さんの関係はどちらさまも良好です。が、息子に嫌われ、煙たがられるのです。私は亡き父と一つ屋根の下で暮らし正直晩年まで多少の確執が残っていました。50歳になり職場から疲れて帰ると我が物顔に晩酌をして酔っている父を崇めることができませんでした。最後のお別れ、喪主なのに火葬場で会葬者をほったらかして煙になる父を見上げて泣いていました。父は末弟の結納を済ませた夕刻に浴槽の中で突然に逝ってしまいました。また、春場所が始まります。今夕はお留守番ですのでゆっくりと応援を致します。今日もありがとうございます。益々、お元気で。