オウム真理教(現アレフ)の元教祖・麻原彰晃(本名・松本智津夫)死刑囚の周辺が慌ただしくなっている。「5月中旬以降、『6月に麻原らの刑が執行される』との情報が司法記者クラブ内を駆け巡り、各社ともXデーに備えた厳戒態勢を敷いています」(全国紙司法担当記者)今年3月、東京拘置所に収容されていたオウム確定死刑囚13人のうち7人が全国の拘置所(支所含む)に移送され、「執行準備か」との観測が一気に広がった。死刑制度に詳しいジャーナリストの青木理氏の指摘。「移送は、麻原1人でなく共犯のオウム死刑囚も同日執行するための措置と見られています。共犯事件の死刑囚は同日に執行されるのが原則。東京拘置所ではこれまで一日に最大で2件の死刑執行例があるのみです」各拘置所には刑場は1つしかないとされ、移送し分散させることで刑場を確保し、一斉執行に備えているという見方だ(法務省は「移送は執行とは関係ない」と回答)。そうしたなか、突如降ってわいた「6月執行説」。関係者たちが語る根拠は次のようなものだ。「来年は天皇の生前退位という一大イベントがあり、恩赦も予定されている。再来年には東京五輪が控え、オウム死刑囚の執行は今年しかないとの暗黙の了解が法務省内にはある」(前出・司法記者)法務省関係者はこう話した。「7月に上川(陽子)法相の欧州外遊が予定されていて、8月に入れば自民党総裁選の準備に政治家は忙しくなる。9月の総裁選が終わり、内閣改造で法相が替わることがあれば、すぐに執行命令書にサインできる状況ではなくなる。年末に近づけば目前に迫った生前退位の祝賀ムードに水を差しかねないので適切でないとの声が省内にある」前出・青木氏も「国会開会中に死刑執行はしないとの過去の慣例に倣えば、仮に延長がないとして6月20日の国会閉会後がひとつの焦点になる」と話す。アレフから離脱した『ひかりの輪』代表の上祐史浩氏は本誌取材にこう答えた。「死刑執行後に心配されるのはアレフ信者による後追い自殺などです。今でもオウムの後継団体であるアレフは“自分たちの信仰が麻原尊師を生かしている”と信じて活動している。死刑が執行されない限り、アレフの組織延命と“麻原信仰”は止まりません」いまだ麻原死刑囚を「開祖」と位置づけるアレフの今後の動向にも注目が集まっている。(※週刊ポスト2018年6月8日号)
今日がお誕生日の方、おめでとうございます。5月29日(火)の花は「セッコク」、
花言葉は「あなたは私を元気づける」。今日は①プロ野球 セ、パ交流戦(~6月17日、甲子園ほか)。私は19時30分妙蓮寺庫裡で曲題目の稽古。ところで、1945(昭和20)年は横浜大空襲の日。白昼に米軍によって横浜市中心地域に対して行われた無差別爆撃。B-29爆撃機517機・P-51戦闘機101機による焼夷弾攻撃で1万名の死者を出した。商業地、住宅地及びこれらの混在地が、焼夷弾攻撃でどのように燃えていくかのデータを、当時の米軍は得ておらず、横浜空襲は、そのデータ収集のための実験的攻撃。燃えやすい木造住宅の密集地を事前に綿密に調べ上げ、焼夷弾で狙い撃ちにする作戦だった。最初から非戦闘員を狙った住民標的爆撃だった。米軍は、攻撃目標を東神奈川駅、平沼橋、横浜市役所、日枝神社、大鳥国民学校の5ヶ所を定めて襲撃し、特に被害が甚大だったのは、現在の神奈川区反町、保土ケ谷区星川町、南区真金町地区一帯だった。私は翌日星川辺の惨状見ようと友人と出発、現地の一歩手前で警官に呼び止められ住所、氏名母の名(父は戦場)を書かされて追い返された。
●戦時下・横浜の川柳作品
國策へあまり小さき金指輪 萬川
兵の妻華美なる友を羨まず 車山
英霊に謝す事しきり燈管下 余念坊
いまさらに肩に祖國の重たかり 阿彌三
消燈影だけうつる不寝番 正鳴
●川柳にみる戦時下の世相
風呂敷へ売って戴くものを入れ 史呂
母ちゃんの分は母ちゃん食べなさい 燈風
木炭車血の一滴のビラが揺れ 清史
校門は営門にまで続いてた 幽王
風だけの家並みとなって遺骨行く 冨山人
●瀬々倉卓冶の句
ケロイドのまま生きている神の意志
死の灰を浴びた ゼロから這う権利
人間が棲んで蟻から殺す川
神兵の紙飛行機は母に墜ち
玉音の日から五体は裂けたまま
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茂男さん、おはようございます。
横浜の空襲だった日ですね。~僕は当時満3才でしたが軍事工場が隣だった関連もあり幾度も空襲をくらったのを覚えております。特に攻撃が酷い日、遊びに来てた隣のおじさんに抱えられ、防空壕に逃げた記憶が鮮明です。たかが3才での事でした。息子達に言ってもわからない、だろうと一度も伝えたことはありません。戦争は絶対駄目ですね!
晩秋さん、おはようございます。3歳の思い出ですか、よく覚えておられますね。よほど怖かったのですね。無差別爆撃はB-29爆撃機517機、P-51戦闘機101機、9時半と言うのに横浜の空は真っ暗、雨のように振る焼夷弾で横浜は1時間で焼け野原となりました。私は国民学校の3年生、午後、I先生と二人で副級長のN.Sさん宅へ弔問。お母さんは「人間の形をしていません。お許し下さい」と彼女の顔を見せてもらえませんでして。流れ弾の焼夷弾が玄関先で彼女の頭を直撃、一瞬に「肉の塊」になってしまいました。勉強のよく出来る子でした。
何が何でも戦争はダメです。今日もありがとうございます。梅雨も間近ですね。ご自愛ください。
茂男さん、こんにちは。
空襲というとんでもない事件の日‥‥。人間は何でもするのですね。普通の人たちが悲劇にあうのは納得がいきません。間違いは繰り返さずに平和な毎日が続きますようにと祈ります。
暑い日になりましたね。ゆったりのんびり過しましょう (^_^)
恵さん こんにちは。あの日の空襲はB-29爆撃機が焼夷弾をまき散らし、火災の中を逃げ惑う父を戦争に取られた女子供をP-51戦闘機が低空飛行で撃ち殺す地獄絵図でした。人間がむごい方法で人間を殺す。戦争は怖いですね。戦争を企て国民を窮地に追いやるのに一部の権力者に一般大衆が洗脳をされてしまいます。私はそんな中で極度の栄養失調、リュウマチ熱、心臓弁膜症になり、学校医から母が「この子は二十歳まで生きられない」と宣告されました。多くの犠牲の上に築いた平和な毎日を手放すわけには行きません。そろそろ梅雨のようですね。今日もありがとうございます。午後からも笑顔でお過ごしください。