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  おはようございます。今日が、お誕生日の方、おめでとうございます。何かいいことがありますように。プレゼントは、横浜で育った先人・吉川雉子郎氏(英治)(1891~1962)の句。享年71歳。大好きな句ばかりです。
 この先を考えている豆のつる
 世の中におふくろほどなふしあわせ
 貧しさも余りの果ては笑い合い
 あめつちの中に我あり一人あり
 生きようか死のうか生きよう春朧 など

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大好きな雉子郎の句をプレゼント”にコメントをどうぞ

  1. 佐藤 千四 on 2015年8月28日 at 7:58 AM :

    おはようございます。
    貧しさも余りのはては笑い合い  若かった私を川柳に魅きよせた句の一つです。今朝の素敵なプレゼントをありがとうございました。

    ニッコリが好きな貧乏神もいる

    • 二宮 茂男 on 2015年8月28日 at 12:31 PM :

      千四さん こんにちは。「貧しさも余りのはては笑い合い」、貧しさに負けてないところがいいですね。貧乏しても、こころにシミを残してはいけないと云われますが、私は、大きなシミを残してしまいました。「ニッコリが好きな貧乏神もいる」、やはり、ゆとりがありますね。ありがとうございます。

  2. 上野楽生 on 2015年8月28日 at 11:28 AM :

    吉川雉子郎さんの川柳もすばらしいのですが、
    関東大震災を契機に小説家に転向した吉川英治さんの小説が大好きです。
    雅号の「楽生」も、吉川英治さんの小説「新平家物語」からとりました。
    作中に登場する法然上人の説法
    「人生楽しまにゃ生まれたかいがない、死んだ後のことは仏まかせ」
    から戴きました。

    柳多留250年式典句会での茂男先生のご活躍も拝見致しました。

    • 二宮 茂男 on 2015年8月28日 at 12:32 PM :

      楽生さん こんにちは。吉川雉子郎さんの川柳、そして、小説も大好なのですね。 雅号の「楽生」さんも、吉川英治さんの小説「新平家物語」から取られたのですか。「人生楽しまにゃ生まれたかいがない、死んだ後のことは仏まかせ」、素敵な雅号、一段と、味わい深く、噛み締めます。ところで、「柳多留250年式典句会」、お世話になりました。ありがとうございました。

  3. 岡本 恵 on 2015年8月28日 at 4:26 PM :

    茂男さん、こんにちは。
    コンピュータの具合はいかがですか。書き込みをしても大丈夫になったのならうれしいです。
    吉川英治さんの作品は人間を描いた体温を感じる句が多いですね。ファンが多いのも頷けます。横浜の人でしたか。どんなお人柄だったのでしょうね。名言集も改めて読み返してみて、人気の歴史小説もいつかゆっくり読んでみたいと思いました。

    楽生さんの雅号の由来をお聞きして、ますます気になる作家さんになりました。

    • 二宮 茂男 on 2015年8月28日 at 6:35 PM :

      恵さん、こんばんは。コンピュータは、31日(土)の午前中に、正常に戻る予定です。それまでは、厳しい、環境で、耐えています。吉川英治さんが、ずっと、川柳を書き続けていたら、どんな作品を残し、私たちに、どんな影響を与えてくれたか考えるときがあります。横浜で育ち、11歳のときに家が没落し小学校を中退。家族を支えるために職を転々とし、貧困にあえぐ。「芭蕉句抄」を愛読し、少年時代から「霞峰」の号で川柳、俳句、短歌、漢詩、新体詩とあらゆる文芸に投稿を開始。上京後、蒔絵師に弟子入りしながら当時流行していた川柳に興味を持ち「雉子郎」として本格的に川柳創作を始めた。1911年、井上剣花坊選の新聞「日本」で高点に入選し、柳樽寺川柳会でたちまち達吟家として名を馳せる。1914年「大正川柳」の編集幹事となり、1922年、30歳のときにエッセイ「川柳常識読本」を連載し脚光を浴びた。関東大震災転機に職業作家として立つ決意をして、柳壇から遠ざかったとのこと。吉川英治文庫「川柳・詩歌集」(1977年発行。文庫版・272頁、講談社)に主な川柳作品、川柳髄筆など。また、楽生さんの雅号の由来、素敵ですね。ありがとうございます。

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