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認知症のの多くの人は、無趣味のの人が多い様だ。家内もその筆頭である。私は17才で二部上場の繊維工場に勤め、良い友達に恵まれ、よく本を読むようになったし、川柳の新聞投句を初めた。21歳で定時制に通い、小6のとき習った詩吟を定時制の先生の紹介で、詩吟を習うようになった。以後尺八は、首降っただけで終わった都山流、と齧りもした。川柳は、バブルの頃は仕事で、開店休業ではあったが、時々は新聞投句で、細々と続けていた。ハーモニカも、十代の頃齧っていたので定年を前に、老人大学で世話になり続いて、専門の先生の所へ、足を突っ込んだ。ウオーキングの流れの中で、グラウンドゴルフは今でも、週、3回ほど続けている。その上、月に2回ほどプールにも通っている。これらすべてが私にとっては、健康維持の素振りのようなものである。この1月16日89歳の誕生日を迎えたので若い時の様にはいかないが、出来たら90歳の景色も、見てみたいものである。それよりなにより家内より先に逝く分けにはいかない。

万歩計は3.232歩



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人生の余白へ素振りまだ続く”にコメントをどうぞ

  1. 森田旅人 on 2022年1月15日 at 9:12 PM :

    明日の御誕生日おめでとうございます。
    お忙しそうなのにあちこちの誌上大会でお名前拝見しています。
    ご活躍素晴らしいです。
    私は三原生まれのこともあって野村賢悟さんのこと勝手に親しく思っております(若輩者なのにすみません)。
    どうぞ このお歳も健康にお過ごしください。

  2. 野村 賢悟 on 2022年1月16日 at 7:31 PM :

    三原と言っても広いので、三原で、森田さんを知っているのは、もう亡くなられた、三原美研の社長の森田さんと、明神町で、石工をやっておられた森田さん(昭和10年の位の生まれ)の方二人だけです。
    返信ありがとうございました。

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