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「荒城の月」     土井 晩翠(つちい ばんすい)

春高楼の 花の宴
めぐる盃 かげさして
千代の松が枝 わけいでし
むかしの光 いまいずこ

秋陣営の 霜の色
鳴きゆく雁の 数見せて
植うるつるぎに 照りそいし
むかしの光 いまいずこ

いま荒城の 夜半の月
替らぬ光 たが(誰が)ためぞ
垣に残るは ただかづら
松に歌うは ただあらし

天上影は 替らねど
栄枯は移る 世の姿
写さんとてか 今もなお
嗚呼荒城の 夜半の月

壮大な野心の達成と滅びの美学。杜甫が「春望」で歌い、
松尾芭蕉が「奥の細道」で「夏草や・・」と詠んだように、
古城のロマンには伝統がある。土井晩翠は、学生時代に遊んだ
会津の若松城や 郷里の仙台の青葉城の印象をこの詩に込め
滝廉太郎は少年時代を過ごした 大分・竹田の岡城を心に
思い描いて作曲した。二つの古城ロマンが合致して 名曲が生まれた。

「荒城の月」は廉太郎二十二歳の時の作曲である。天賦の才を認められた廉太郎はライプツィヒの音楽学校に留学するが、病に罹り、
帰国を余儀なくされる。帰国船がロンドンに停泊中、英国留学中の土井晩翠が廉太郎を見舞い、最初で最後の出会いを果たす。
晩翠は この奇遇を こう詠った。

ドイツを去りて 東海の
故山に疾みて 帰る君
テームズ埠頭 送りしは
三十余年 そのむかし
あゝうら若き 天才の
音容今も 髣髴と
浮かぶ皓々 名月の
光の下の 岡の城

「荒城の月」は朗々と歌いあげるのも良いが、独りで呟くように歌うのもいい。
詩を呟いているうち、自然に廉太郎の曲になる。
曲から詩の語りに戻るのも自然に出来る。詩と曲の「品格」がからだ全体を 響き として満たしていくのが 心地良い。
     『声に出して読みたい日本語』(齊藤孝・著)草思社より

    泣くも良し母のない子はたんといる  由宇呆



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七五調の魅力”にコメントをどうぞ

  1. 江畑 哲男 on 2018年8月17日 at 6:29 PM :

    七五調、やはり良いものですね。
    数日前から「乱魚語録」をまとめておりますが、七五調の魅力を「悪魔の韻律」(小野十三郎)と引用しております。
    「荒城の月」、こちらも良いですね。
    台湾川柳会の人たちの歌声を思い起こします。小生歓迎の宴の二次会で、皆さんで声高らかに唄ったのが「荒城の月」ほか、日本の歌でした。ある人は目を閉じ、ある人は何かを追い求めるように遠く目線を泳がせながらの歌でした。
    有難うございました。

    • 山本 由宇呆 on 2018年8月17日 at 9:57 PM :

      コメントを 有難う御座いました。
      土井晩翠の 七五調は 分かりやすくて好きです。
      諸葛孔明の賛歌 「星落秋風五丈原」も 愛読しています。
      あまり長いので ここには挙げませんが、
      読んでいて 楽しくなります。
      では、また。 由宇呆  拝 

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