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●児童養護施設や乳児院の子どもの七五三を「特別な一日」にするボランティア団体が東京にある。所属するのは美容師やメーキャップアーティスト、カメラマンら。首都圏の施設に出向いて子どもの髪を結い、化粧や着付けをして、晴れ着姿を写真に収める。子どもたちは大喜びだ。この活動は全国にも広がりつつある。ファッションのプロが子どもを祝福する思いとは。(若林朋子  北陸発のライター/元新聞記者)

●全国的に「七五三詣で」のピークとなった11月17日の日曜日。神奈川県にある相模原南児童ホームの大きな部屋には、子どもたちの明るい声が響いていた。七五三を迎えたのは7歳4人、5歳5人、3歳1人。誕生日の8歳女児を含めた11人が祝福を受けた。

●相模原南児童ホーム(相模原市南区)。乳児院が併設されている。美容師が、女児の髪を一生懸命にとかす。メークの担当者は顔色が明るく見えるようチークをほおにはたいた。テーブルにはホットカーラーやメーク道具、化粧品、整髪料などが並んでいる。ハンガーには着物や袴が二十点以上掛けられ、着付けの担当者は子どもの着丈に合わせて腰ひもを結び、華やかな晴れ着姿に仕上げていく。

●同ホームに限らず全国の児童養護施設には、貧困や虐待、ネグレクト(育児放棄)、保護者の死や失踪などにより生みの親と一緒に暮らせない子どもが入所している。過去の体験から大人に警戒心を抱く子もいるが、メンバーもそうした社会的背景を把握していて、「今日、何時に起きたの?」「好きな色は何?」などと優しく声を掛けながら、少しずつ距離を縮めていく。

●メークの担当者が「お化粧、好きなのね」と口紅を塗りながら鏡の中の女児をのぞき込むと、はにかんだ笑顔が返ってきた。部屋の中は終始、劇場の舞台裏のような慌ただしさだが、こうした丁寧なアプローチもあって、子どもたちの表情は生き生きとしていく。生みの親が来ていれば、仕上げに参加してもらうこともある。

●支度が終わると女児数人が集まり、「わあー、似合うね」「そのバッグかわいい」などとはしゃいでいる。同ホーム所長の曽我幸央さんは目を細めた。 「ホームでは着付けができる職員が少なく、何度かに分けて七五三を祝っていました。3年前にボランティアさんの存在を知って以来、毎年お願いしています。今日も11人そろって祝うことができ、本当に特別な一日になりました」

●活動を担うのは、社会人ボランティア団体「イチゴイニシアチブ(以後、「イチゴ」と表記)」(東京都大田区)だ。代表は、ファッションのPR事業を手掛けている市ケ坪さゆりさん。活動を始めたきっかけをこう説明する。「理不尽な目に遭った子どもが、そのまま成長して怒りや悲しみを社会に対して爆発させることもある。2000年代後半は、連続殺傷事件などが相次ぎました。一方で児童虐待のニュースは後を絶たない。『何かできないか』と思い、『子どもの誕生日をお祝いしたい』と最寄りの施設の門をたたいたのがきっかけです」

●市ケ坪さゆりさん。「日本の伝統的な慶事には子どもを笑顔にする力がある」と語る。団体名の「イチゴ」は一期一会に由来する。「イニシアチブ」は大人が率先して行動し、子どもを祝福しよう、という思いが込められている。シンボルは赤いイチゴで、ブローチも製作した。ブランディングのプロである市ケ坪さんらしいアイデアである。

●施設側から「誕生日だけでなく、ぜひ七五三も」という依頼があり、付き合いのあった美容師やカメラマンらに声を掛けると多くが快諾してくれた。活動の幅は設立当初より広がっている。七五三で用意する着物は、活動に賛同してくれた人たちからの寄付がほとんどだ。施設にある着物を使う場合は修繕することもある。

●活動を開始して9年目。コアなメンバー約10人以外に、サポートしてくれる人も増えた。古参のメンバーである美容師・猪俣眞理子さんに参加した理由を聞いた。「市ケ坪さんと縁があったからです。七五三に向けては髪飾りのバリエーションを増やすため、100円ショップで買った材料や、着物地などを活用して作っています。資金面では余裕のない団体だけど、そういう工夫も含めて楽しんで活動しています」

●七五三の日は最後に近くの神社に行って、集合写真を撮ることが多い。11月17日もホームで子ども全員の着付けをした後、イチゴのスタッフはホーム職員らとともに近くの座間神社へ移動した。境内には晴れ着姿の子どもたちの歓声が響く。袴が足に絡まり、転びそうになる男児も。大人たちは走り寄って支え、着崩れを直した。

●成長を見守ってきた職員は「大きくなったなぁ」としみじみ。おめかししたわが子の姿に目を細める生みの親もいた。参拝客からは「かわいいね」「おめでとう」などと「祝福のシャワー」を浴びる。市ケ坪さんは「この瞬間が見たくて活動している」と話した。小春日和の夕方、境内で記念撮影をしてこの日の活動は終了となった。

●メンバーの中にはヨガ講師の井上美須加さんもいる。この日は美容師やカメラマンをサポートし、ムードメーカー役を果たした。普段はヨガのレッスンをしているが、月に1回、大田区にある成田山圓能寺で「ドネーション・レッスン」を開催している。受講費をイチゴに寄付する取り組みだ。「七五三のときは、美容師のスキルが子どもを美しくし、カメラマンが最後を飾ってくれます。でも直接、役立つスキルがなくても、気持ちさえあればイチゴに貢献できます。才能を生かしてお金に換え、活動費に充てれば「いい循環」を生むことができるからです。誰でも子どもたちの七五三を祝う力になれます」

●イチゴは今年の七五三で首都圏と大阪の7施設を回り、37人の子どもを祝福した。ピークの11月17日は午前中に都内の児童養護施設で7歳女児の七五三を祝った。施設の職員が前日に「お行儀よくしていられるか不安」と心配するほど活発な女児だったが、華やかな着物に身を包んで、おしとやかに振る舞っていた。

●そこにいる人たちは、改めて七五三の意味を考えることになる。起源は諸説あるが、子どもの死亡率が高かった時代、節目の年齢まで成長できたことを感謝し、長命を願った。「子どもは宝」という思いを表す日本の伝統行事である。「子どもを真ん中に置いて、いろんな立場の人が集まり、祝福します。分野を超えて活動する才能と、血縁を超えて子どもの存在を大切に思う人たちが、子どもの存在を輝かせ、成長を喜ぶ。これがイチゴ流の七五三です」(市ケ坪さん)

●子どもたちの記念日を「祝福したい」という気持ちを持った大人は、どこにでもいるはず。だからこそ、「イチゴの七五三」が全国へ広がることを願ってやま ない。

●※参考文献
・社会福祉法人中心会「相模原南児童ホーム」ホームページ
https://sagamihara-minami.chusinkai.net/

●若林朋子  北陸発のライター/元新聞記者
1971年富山市生まれ、同市在住。元北國・富山新聞記者。93年から2000年までスポーツ、01年以降は教育・研究・医療などを担当した。12年に退社し、フリーランスとなる。

今日は12月1日(日)。曇りときどき晴れ。4~14度。今日がお誕生日の方、おめでとうございます。今日は①スマートフォンなどを使用しながら車を走行させる「ながら運転」について厳罰化した快晴道交補施行令施行法施行令施行。②陸上 福岡国際マラソン(平和台陸上競技場)。私は朝一で家の神々へお参り。ところで、江畑哲男先生から12冊目の近著「熱血教師」(A5版、226頁、新葉館出版、2,000円(税抜き)、柳誌「川柳ぬかる道」12月号、出席社229名の記念大会 特別講演(要旨)を拝受。ありがとうございます。40年余りの教師人生に今年3月、終止符を打った節目に、約300句を収録した。定年前後の心境を詠んだ作品は同世代の共感を呼びそうだ。

1-①学びを見つめて(教壇人の章)
戦後教育が奪ってきた大志
静寂という重圧もある入試
出題のミスは笑ってごまかそう
定年万歳さあオールドビーアンビシャス
ボランティアに追われる前期高齢者
リフォームのめでたく妻の城に化け
叱り方悪いと教師叱られる

1-②人間を見つめて(生活人の章)
三丁目の夕日と食べたコッペパン
パシュートのように昭和の蟻の列
そのうちに長生き税も出来そうな
平和主義座席はサイドから埋まり
おにぎりが旨い働くことの幸
金で買えぬ健康 金を少しかけ
二人三脚足の短い妻とする

1-③社会を見つめて(社会人の章)
人の世にお仲間という宝物
ゲバ棒の先にユートピアがあった
九条よ横田めぐみを救えるか
劣勢をたくましくするワイドショー
秋多忙このまま師走まで走る
国境が重なるとこにある資源
妻の皺ボクが第一発見者

2ー①教育&川柳観
実践を語る 授業レポート①②
実践を語る 日台教育研究会レポート
川柳を発信する 記念講演(要旨)
川柳を発信する 川柳誌への寄稿①②
川柳を発信する 書評誌への寄稿
川柳を発信する 校内誌への寄稿
川柳を発信する 医療雑誌への寄稿
川柳を発信する 俳句雑誌への寄稿

3ーあとがき
それにしても、よく仕事をしてきたものよ
ゲラを前にして、改めてそう思う。
小生をく知る仲間からは、「これは〈闘い〉の記録ですね」、そう指摘された。
ナルホド、そうかも知れぬ。
だとしたら、小生はいったい〈何と〉闘ってきたのだろうか?
(略)

氏は「人生百年時代に、アクティブシニアに拙書が少しでも役に立てばうれしい」と話す。※問い合わせは新葉館出版(電話06-4259-3777)

●【いかなる君主においても民衆を味方につけておくのが必要だということである マキアヴェリ】(斎藤孝著「心を動かす 偉人の言葉」)

●吉報 時事作家協会の初期を支え、川柳から短歌に移られた杉山太郎氏が第8 回~家族を歌う~河野裕子短歌賞を授賞されました。(12/1産経新聞)

暑さなど覚えていない8月のようやく君に会えた日のこと 杉山太郎

※コメントで太郎氏曰く「(略)心掛けたのは口語で大胆に言い切り、発音しやすいスタイル。一度読めば真っ直ぐに相手に届き、誰の記憶にも残る歌を目指しました(略)」と。誠におめでとうございます。益々のご活躍を祈念しています。

 

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施設の子プロが祝福七五三”にコメントをどうぞ

  1. 岡本 恵 on 2019年12月1日 at 6:54 AM :

    茂男さん、おはようございます。
    理不尽な子どもたちがたくさんいて、何かしてあげたいという大人がいて。偉いですね。幸せな一日は宝物。自分の周りのことで手いっぱいなんて恥ずかしくなります。こうして救われた子どもたちなら、また社会に恩返しもできるのでしょう。
    理不尽な思いをいっぱい抱えた大人も存在すると思いますが、それは自分で何とかするしかないのですね。できることから一つずつ。今日も確かな一歩でありますように。

    • 二宮 茂男 on 2019年12月1日 at 8:06 AM :

      恵さん、おはようございます。いつの世も恵まれない子どもたちがこの世の片隅でじっと耐えています。そのことを、恵まれた世で暮らしている私達は決して忘れてはいけません。昔むかし、少年野球の監督時代、私は自分のグローブを彼らに使ってもらいました。そして、試合にはピンチランナーでもいいから出しました。皆さんで、理不尽な子どもたちを自分の出来ることで支えたいものです。今日もありがとうございます。天気が下り坂です。雨の日は雨と楽しくお過ごしください。

  2. 江畑 哲男 on 2019年12月1日 at 9:18 AM :

    拙著『熱血教師』をしっかりお読みいただきました。
    おまけにPRまでしていただきました。
    有難うございました。

    • 二宮 茂男 on 2019年12月1日 at 10:58 AM :

      哲男先生 おはようございます。12冊目ですか。凄いですね。あとがきの「それにしても、よく仕事をしてきたものよ ゲラを前にして、改めてそう思う。小生をく知る仲間からは、「これは〈闘い〉の記録ですね」、そう指摘された。ナルホド、そうかも知れぬ。だとしたら、小生はいったい〈何と〉闘ってきたのだろうか?」と響き合います。お医者さん知らずの健康優良児。羨ましいですね。ますますのご活躍をお祈りいたし、横浜で見上げています。

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