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●戦後間もないころ、自らの命と引き換えにバスの乗客を救った青年車掌がいた。長崎バスを運行する長崎自動車(長崎市)の元車掌、鬼塚道男さん=当時21歳。1日で事故から72年。鬼塚さんは今でも命を預かる任務の重さを後世に伝え続けている。(西日本新聞)

●事故があったのは1947年。その日、鬼塚さんが乗り込んだ木炭バスには30人の乗客が乗っていた。午前10時ごろ「地獄坂」と呼ばれていた急勾配の打坂峠(現時津町)にさしかかり、登り切ろうとしたとき、ギアシャフトが故障し、徐々に加速しながらバスが後退し始めた。後退する先は、10メートル以上の崖だった。

●鬼塚さんはすかさず車内から飛び出し、近くの石をタイヤの下に差し入れたが止まらなかった。最後に鬼塚さんが選んだ手段は、自らの身をていすることだった。バスは転落寸前で止まったが、鬼塚さんは後輪の下敷きになり殉職した。

●鬼塚さんの供養と交通安全祈願のため、74年、時津町元村郷の事故現場付近に地蔵が建立された。8月29日、地蔵前で恒例の慰霊法要が営まれ50人ほどの同社員らが参列。嶋崎真英社長は「毎年ここで鬼塚さんの責任感の強さを思い、目頭があつくなる。改めて乗客の安全について考える一日になった」と話した。

●このような話は聞いたことがありませんでした。こころを打たれ72年前へ思いを馳せ、心からご冥福をお祈り申し上げます。

今日は9月7日(土)。今日がお誕生日の方、おめでとうございます。今日は①全国豊かな海づくり・あきた大会(~8日)、秋田市。②天皇陛下が秋田県を訪問(~8日)。私は13時かみさんと大船中央病院へ2日入院、4日オペの実弟のお見舞い。ところで、みんな違ってみんないい川柳。今日は時実新子氏の句です。

●妻を殺してゆらりゆらりと訪ね来よ    時実新子
(みんな違ってみんないい鑑賞それぞれお楽しみ下さい。)

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身を挺し客を守った車掌さん”にコメントをどうぞ

  1. あすか on 2019年9月7日 at 9:10 AM :

    茂男さんお早うございます。今朝も読売新聞神奈川版入選
    おめでとうございます。

    子に見えぬ仕事の鬼の玉の汗

    今日の入選句に 百歳の日まで投句であと四年
    があります。ということはこの方96歳 素晴らしいです!

    14日の藤沢句会もよろしくお願いします。

    • 二宮 茂男 on 2019年9月7日 at 5:32 PM :

      あすかさん お早うございます。変わりもせぬ読売県版へのご支援有難うございます。私は現役時代仕事熱心でした。また、椿 芳子さん「百歳の日まで投句であと四年」、素晴らしいですね。まま、14日の藤沢大会は期待していますよ。大きな声で何回も何回も呼名してください。今日もありがとうございます。

  2. 岡本 恵 on 2019年9月7日 at 10:22 AM :

    茂男さん、こんにちは。
    鬼塚さんは立派ですね。勇気なんていう言葉では足りない。一瞬に身を挺して乗客を守るという判断は、私にはとでもできません‥‥。塩狩峠という三浦綾子さんの小説にも現実のモデルがあったようです。こちらは列車でした。昨日の京急線の事故も大変でしたが、安全を当たり前と思っていると違っているのかもしれませんね。
    弟さんの順調な回復をお祈りいたします。今日も無事に1日を過ごせますように。

    • 二宮 茂男 on 2019年9月7日 at 5:55 PM :

      恵さん、こんにちは。鬼塚さんの立場に我が身を置き換えて考えました。私にもやはり出来ません。当時21歳ですよね。そなんことがなければ今93歳どんな人生だったでしょうか。塩狩峠と言え昨日の京急の事故と言え安全、安全ですね。また、弟のことお陰さまで術後の経過良好で12日にも退院のようです。ありがとうございます。今日も無事に1日を過ごせました。お陰さまです。今日もありがとうございます。厳しい残暑、自愛ください。

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