
毎年の事であるが、尾道の忘年会は、尾道でも一番景色のホテルの一番いい部屋でやることになっている。これは会員の一人が、ホテルの女将さんと懇意な方がおられるので特別な計らいによるものである。乾杯の後は、ひとしきり選談義に花を咲かせ、あとはカラオケ歌い放題。楽しい一日であった。
帰りは夕食の弁当を買って帰り、家内とわびしい夕食済ませて、私はノルマのウオーキングに出る。その間家内は片づけと、風呂の準備をしてくれるので、まだまだ他人様の事を思えば、よい方なのかもしれない。今日はまた、宅配便を受け取り、新聞代を支払っていてくれたのでよかったが、時に寄ったら、台所のIHのスイッチが消えないと言って、パニックになっている。どちらが本当の家内か、淋しくなることがある。こんな状態と付き合いながら、これからの持久戦に耐えて行くしかない。そのためには私も、私の好きなことを、ほどほどにやって行くしかないと思っている。
万歩計は10.018歩
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尾道、懐かしいですねぇ~。数年前、川柳仲間10人ほどと小生企画のツアーに組み入れたのです。そうそう、坂が多い街でしたね。
志賀直哉や林芙美子ゆかりの地(崖状の道?)を歩きました。百マス計算で有名になった陰山校長(当時)勤務の小学校もタクシーで行きました。狭い狭い坂道を、タクシーを3台も連ねて向かったのでした。宿泊は、これまた映画監督大林宣彦ゆかりの旅館(名前失念)。瀬戸内海の夕陽も堪能しました。良い思い出となりました。
哲男さんこんばんわ。尾道で思い出してもらってありがとうございます。私の住んでいる所は、尾道から西へ二つ目の駅の三原です。昔は帝人が、その名を天下にとどろかしていましたが、今は面影もありません。貴兄の関心が高い陰山先生のいた学校は、土堂小学校と言って、その昔、林芙美子の通った小学校でもあります。毎年六月には、林芙美子のあじさい忌の行事が今でも行われています。他に麻生路の「俺に似よ俺に似るなと子を思い」の句と妻の葭乃さんの「飲んで欲しやめてもほしい酒をつぐ」の句が、一つの句碑に彫ってあります。比翼塚になっています。蘭幸さんは毎年初詣に、ワンカップを供えに行っておられます。他には、歌人の中村健吉が療養していた旧居や、同じく家人の吉井勇の歌碑やゲンコツ和尚の句碑などたくさんあり、一時、頼山陽と恋仲にあった、女流画家、平田玉蘊は尾道の出身です。
そうそう、土堂小学校でした。
尾道の文学・歴史案内、有難うございました。
いっぱい有名人がおられるのですね。次回(?)のお楽しみといたします。
賢悟さんは三原ですか? う~む、行ったことないなぁ~。すみません。