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穂93年1月3日の句である。家内の看護の間の気休めに古い句帳を開いて、二人とも元気であった頃のことを思い出している。

 

読み始めて14日目読み終えた。以前「女として」を読んだ時も今回も、感じたことだが、体制に洗脳され、特に特殊な機関で教育を受ければ、大韓航空のような事件を、何のためらいもなくボタン押して平然とする人間ができる恐ろしさを痛感させられた。そんな人間もひとたび、懺悔に目覚めれば、性善説を信じて疑いのない、人間像が浮かび上がってくる。彼女は、地球のどこかで、十字架を背負いながらまだ、生きているにちがいない。私は金賢姫が亡くなったと言うニュースをまだ耳にしてはいない。

朝だけは家で食べたが、昼も晩も外食で済ませたが、家内の食べた量はまずまずで、私は満足している。

家内の調子もまずまずで1日を心地よく過ごせた。風呂にも入ってくれたが、洗髪はまだ無理のようである。パーマにはまだ、行ってくれそうな気配がない。

ウオーキングは朝の部と晩の部を合わせて、9.745歩であった。

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