救急車止まって窓がみな開く
救急車が家の前を通り過ぎていった。と思ったら向こう三軒両隣、ぞろぞろと人が出て来て、想像の話に花が咲く。夕べの話である。当事者でなくてよかったと、ひそかにもう。
久しぶりに予定がなかったので、7:30起床。ゆっくりと朝飯を食べる。と言ってもパンであるが、リンゴ1/4.きゅうい1/2.ミニトマト1個、...【続きを読む】
何かあったのかいつでも家にいる。
サウナも,GGも行かないとすぐに殺される。そのうちに殺されるかもしれない。
家内を、デイサービスへ送り出して、GGに行く。金曜日はいつも1ゲームが、3分の2終わっているので、3ゲームやることにする今日は、ホールインワンが1個入って、58だった。
午後は、民謡教室。今日は北海道の、出船音頭の仕上げ。
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かなふってようやく読める魚編
今は見かけなくなったが、時価を売り物にしていた、鮨屋の、暖簾にはたくさんの魚編の字が書いてあった。今の回転寿司などは、鰤をぶりのとろと、丁寧に仮名で書いてくれるのでありがたいが、当時は職人肌の板さんがそれを許さなかったようだ。
熱戦が続くグラウンドゴルフ場。
グラウンドゴルフをするに...【続きを読む】
手を上げたばかりに重い荷を背負う
それでもあの頃は、こなしてきたが、今は自分の体が自由にならない。今日は月1回、ケアマネさんが来て、来月のデイサービスの予定など決めてくれる日。こられても、私の愚痴話を聞いてくださるだけで、ケアマネさんは相当辛抱強い人だと思う。家内の将来の話になると、3人真剣になっていい時間が過ごせるので、その日が来...【続きを読む】
好きな子にすぐに見つかるかくれんぼ
私にもこんな時代があった。昭和12.3年ころの話である。日本は、盧溝橋事件が始まって、間なし頃の話で、子供の遊びも、戦争ごっこが流行っていた。小学校高学年を先頭に、幼稚園くらいまでの子供が集まって、棒切れをを振り回していた。
GGは調子が良かった。4ゲーム79で、ホールインワン1個。めったにない、8...【続きを読む】
残留孤児大地に爪を立てて生き
近所に私より4歳、年上の、満州からの引揚者がおられた。縁あって改まって当時の話を聞かせてもらったことがある。その方が先日亡くなられた。話を聞いたのは20年くらい前であったが其の時作った句である。また一人、戦争の何であるかを知っていた、人が亡くなられた。運よく私は、こんなひどい目に合わなかったけど、敗...【続きを読む】
眠らない街へ還らぬブーメラン
今、街はコロナで夜も昼も眠っている。どっちにしても、厄介なものである。
長塚 節の俳句に、美しや野分の後のとうがらし、があるが、師走近くなってとうがらしが熟れている。これも温暖化のせいかもしれない。季節は2ヶ月はづれているようだ。それにしてもここ1週間の温かさは、異常である。
今日は家内と一緒に、...【続きを読む】
物干しの軍手に家族ぶら下がり
軍手の稼ぎなどは、知れたものであるが、これくらいきれいな金も珍しい。2004.12.4の、中国新聞の、朝刊トップ記事は、旧橋本派献金隠し、村岡元長官の主導認定。東京地裁判決。滝川被告に有罪。とある。今は広島3区の、河井夫妻の金権政治の裁判が毎日のように報道されているが、いずれも無罪を主張している。
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