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先生の訃報を新聞で知った。95歳。先生は特攻の生き残り。軍隊のことはあまり話されなかったように思う。2年上のクラスには特攻の生き残りの生徒もいた。昭和29年ころのことであった。令和も4年になると世の中はずいぶん変わった。家内でさえ終戦時、小学1年生。江田島兵学校の対面の、当時、佐伯郡大柿村飛渡瀬生まれ、空襲で多くの死体が流れ着いたのを見たと言っている。私は昭和20年5月5日、廣がB29爆撃機の空襲を受けたとき、オジキが帰らないので、あくる日探しに行ったら、死体わからず、腕1本で葬式をしたのを覚えている。

今日で8月が終わる。いつもこの頃になると上記のようなことをおもいだす。

万歩計、4.952歩」

 

 

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