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紡績工場を、ピンクの容疑て馘首され、縁あって土建屋へ就職して、はじめのうちは嫌でたまらなかった。道路工事で知った人がいたら隠れていた。10年くらいたった頃、やっと三原で一番の土方になろうと決心した。と言うのも田中角栄が総理になり、列島改造論をぶち上げ、土方にも試験制度を持ち込み、定時制の普通科では、経験で受験資格ができ、下から順々に資格を取り、目指す1級へたどり着いた。その頃粋がって作った句である。

家内をデイへ送りf出して、サウナに行く。少し早かった、せいか行列が出来ていた。それらは皆、定連である。サウナ、命というう連中である。

寂聴と読む 源氏物語を読み終えたが、寂聴の訳のせいか、光源氏が手当たり次第、女を犯す話で、簡単にに言えば、エロ本に近い。それが王朝文学の傑作だと言われる所以は、寂聴さんに言わせれば、紡ぎだした物語であるからだそうだ。それが証拠に、ちょっとした心の機微をヒントに、歌舞伎の台本を寂聴さんは、多く書いている。つまり物語を紡いでいる。史実を丹念に調べ、矛盾の無いように書くのは、歴史書であっても、物語ではないと寂聴さんは言い切っている。そんなことを考えながら、時が来たらもう一遍読んでみたいと思う。

万歩計は、2.192歩

 

 

 

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  1. 前中吾一 on 2020年12月4日 at 10:33 PM :

    私も同じ経験をしましたよ、地下足袋姿で日曜も現場で道路事、知り合いが通ると顔を逸してましたよ、今思えば恥じることは無かったのですよね、

  2. 山﨑草太 on 2020年12月5日 at 2:31 PM :

    当時の選挙区、新潟県3区に住んでいます。田中角栄が町に来る日は大騒ぎでした。あの婆さんが握手したとか、あの悪童が頭を撫でられたからきっと大物になれるとか。まだ私は政治に関心のない美青年(?)の頃の話です。

  3. 野村 賢悟 on 2020年12月5日 at 8:35 PM :

    吾一さんたびたび返信ありがとうございます。あなたとは、立場が違うので、一口にはいきませんが、導火線のころの、発破の不発弾の処理は、命のちじむ思いがしたものです。それで話が合うのも、何かの縁だと思っています。

  4. 野村 賢悟 on 2020年12月5日 at 8:44 PM :

    まだ会ったこともない人からの返信もうれしいものです。今太閤と言って、一世を風靡した、だみ声の演説は、どこか可愛くもあり、恫喝と、お涙が混在する演説で、たちまち人だかりができる、不思議な人であった。角栄さんのおかげで、3人の子を大学まで行かすことが出来たし、マイホームも、マイカーも、持てた。角栄さんには、足を向けて寝れない私です。

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