今日は第14回おかやま県民文化祭分野別フェステバルに伴う、第10回岡山県川柳大会・津山会場に出席するため、5時起き。仲間私を入れて、5名参加。冒頭の句は「耳」の兼題で、門脇かずお選に、入選した句です。その時の特別賞で頂いたのが、「いただいた光でもったいなく光る」作者は長谷川紫光さんの色紙です。成績はほか二句入選の惨敗でしたが、思いがけない色紙をゲットしたので、今日は御の字。
雨模様の一日だったが、津山線沿線の、田園風景の中に、彼岸花がじっくりとなじんでいた。渓流の水も、嵩を増して旅の心を癒してくれた。
夕食後の、散歩は少し疲れたのと、雨模様なので中止。万歩計は3.931歩。これを見ても、歩数1万歩は、歩こうと思って歩かないと難しいことがよくわかる。明日の午前中は、老人大学で民謡の日である。
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>よいとまけ五人育てたパンの耳
これは、ご自分の育ったご家庭のことを詠んでおられるのですか?
心打たれました。
私たちの育ちざかりは戦中戦後。パンの耳もありませんでした。昭和20年から23年頃の食糧事情は、配給もままならず、、生真面目な判事さんが、法律を犯してはならないと言って、餓死したのもこの頃の話です。この頃の、食糧事情は「米麦になった着物で食いつなぎ」の様なものでした。掲載句は、この頃に比べれば、まだましな、店にパンがあったころ、サンドイッチの廃棄物であるパンの耳を、パンの耳として売っていたのを買って子供に食べさしていました。昭和30年代前半のころの我が家の話です。実際には子供は3人でしたが。ちなみに私の職業は、地球の整形外科医でした。