大雨の音で目が覚める。今日は老人大学の民謡教室。名前の通り老人の集まりであるが、この雨の中出席率は90パーセントを超える。中にはタクシーで乗り付ける兵もいる。先生もみんなの熱心さに驚いておられる。今日はまだ年度初めなので、今まで習った、篠山節(デカンショ節)・秋田米とぎ唄・神長老林節(かんちょろりん節)・白虎隊を一通りおさらいの後、鹿児島浜節の稽古始め。下の写真はそれの楽譜のようなもの。このお経の様な、山谷だけで表す符号を、先生は口ずさみながら、横棒を上、下と書いて行かれ、それをつなぎ合わせて、メロディにされるのを私たちは唖然として見守る。特に長物と言われる、追分や馬子唄などは神業のように思えてなりません。それから先生の後をなぞることになるが、最初のうちは思うようにならない。特に音どりがうまくいかないのでますます怪しくなる。それでも何とかかんとか、みんなで歌えるようになったときには終業時間になっている。次は1週間とびの金曜日。そのときはまた一からの出直しである。
今日は川柳奉行の製本が完了。一部手渡しの人には、晩酌終了後散歩がてらに配達をする。
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おはようございます。(まだチョッと早過ぎますが)
民謡ですか、いいですね。声を出さないと声帯が弱くなって、だんだん声が小さくなってきます。意識して声を出すのは、フラストレーション発散にも、とてもいいことです。
わたしは昔、謡曲をやってことがありますが、先生が亡くなられてから止めています。「民謡もいいな…」と思いながら、扉を叩く勇気が無くてそのまま。今は忙しくて、たまにカラオケへ行くのが精いっぱいです。
謡曲ですか。いいですね。私の知り合いにも謡曲先生がいので何度は聞いたことがありますが、同じ肚から声を出すと言っても、民謡や、歌謡曲の肚から出す声とはずいぶん違うようですね。明治40年生まれの亡父は筑前琵琶の名取りで、雅号旭勝と言っていたようですが、私が5歳の時、30歳の若さで亡くなっているので、雅号授与の証状があるだけです。
私は民謡と言っても特に仕事唄が好きで、お座敷唄や、最近はやりの、ステージ唄はあまり好きになれません。秋田米とぎ唄は、10月の発表会と、9月の敬老会で歌う予定です。