12月8日は、大東亜戦争が始まって、84年目。私が、尋常高等小学校3年生の時です。直ぐに、国民学校になり、高等科1年生の時、日本は負けました。高等科2年で、国民学校を卒業し、昭和23年、新制中学三年生で卒業した。日本が大きく変わった時代の、義務教育を受け、高校は定時制の、夜間高校を4年で卒業した口です。新制中学三年の時も、定時制になってからも、予科練帰りの、飛行機乗り先生に教えてもらい、特に、歴史は無くなり、社会化になり、先生も戸惑って教えていたように思います。あれから84年、日本が負けてからも80年、今日もテレビで国会中継を見ていると、あの戦争に行った人は勿論、空襲にもあっていない、議員が大多数を占め、景気の良い話を、臆面もなく話すのを、聴いていると、背筋が寒くなってきます。
6時起床、ストレッチ、6時半、入浴。7時朝食、(自家製のペーストでパン、ユーグルト、納豆、柿、林檎、きゅうい、牛乳、コーヒー)8時完食、新聞スクラップ整理終えて、奉行1月号清記12時まで。昼食は、どんと、カツカレー完食。13時半から、15時まで、郵便局で手続き。その後、市役所でマイナンバー更新。手続き。16時帰宅、書類整理、16時半完了。それから、芋粥をストーブに欠ける。その間に、奉行1月号の清記。17時半夕食(自家製ペーストにパン、芋粥)18時完食。18時から20時半まで、足踏みウオーキング。20時半からパソコンウオーク、確定申告用医療費の整理。22時50分まで、23時就寝。
万歩計は、5.209歩
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1941年12月8日の太平洋戦争を起点とすると1945年8月15日の終戦まで日本は3年8ヶ月間戦争していたように現在の日本人は勘違いしますが、本来は1931年の満州事変を起点とすべきで、ここを起点とすると日本は約15年の長い間戦争に明け暮れていたことになります。最近の高市首相の台湾有事発言に何故あれほど中国がセンシティブになるかと言えば中国は1931年を起点として(実際にはその数年前からの緊張状態から)日本を見ているからでしょう。歴史修正主義者によって歴史の何が書き換えられているか、時事川柳を詠む川柳人であるならば注意深く〈現代〉を見つめる必要があるし、そのためには前の戦争を体験した人の発言は重く受け止めなければなりません。
雅号とは思えない、かなりの論客と見ましたが、長くなるといけないので、時事吟を書く時には、今でもかなりの覚悟を持たないといけないように思います。ちなみに、朝鮮から、軍艦を分捕って、軍需物資を持ち帰り、財を成した、田中角栄ですら、議員の中に兵役に服したものが居なくなった時、日本は大変なことになると予言していたといううが、まさに今その時の様に思えてならない。相撲なら勇み足は、自己責任で事が済むが、総理の勇み足は日本の運命にかかわる軒を付けてもらいたいが、高市総理は、勇み足だとは思っていないから始末が悪い。