地から湧いたか浮城は
450年前に三原湾に浮かぶ小島まで埋め立てて築いたのは、毛利元就の三男で小早川隆景である。満潮にになると、海に浮かんで見えたことから浮城とも言われ、瀬戸内海に睨みを利かす名城であったが、見事な石垣も、旧国鉄の山陽線や、新幹線の工事拡張に伴い、今では本丸跡の石垣と、ほかにわずかな石垣を残すのみとなっ...【続きを読む】
築城を祝って踊るみたか連
今日から三原は3日間やっさ踊りで盛り上がる。今年は来年が三原城築城450年記念で、それのプレ大会を兼ねている。2日目は、4500人の総踊り。3日目は、中四国では最大の2尺玉花火を打ち上げる。幅480mの大輪が瀬戸の海を照らします。明日も写真付きで報告いたします。
...【続きを読む】
山の日を喜ぶ淳子のてっぺん
値 今日は制定されて初めての、「山の日」である。海の日は戦前の「海軍記念日」を引き継いでいるので先輩格である。偶然にも中国新聞の連載小説「淳子のてっぺん」は昨日で66回目。登山家田部淳子をモデルにして、唯川 恵さんが、書いている。淳子は大学を出て、東京の会社に就職するが山への思いが断ちがたく、男性ば...【続きを読む】
戦争の話知ってる夏の花
今日も35°を超え猛暑日であったが、平和な一日が終わっていきます。明日の平和を約束してか、夕焼けがきれいです。凌霄花の花も咲いて、8月のあの日思っている事でしょう。夾竹桃も今盛りです。
サロンで脳トレをしている時、よく話に出るのが、夕べ何を食べたか思い出せないのは、単なる物忘れだが、食べてことを忘...【続きを読む】
どげもんか煮え湯飲んだらわかるじゃろ
今日は長崎に原爆が落ちて71年目。生き残った被爆者の平均年齢も80才を超え、反核の団体も、一つまた一つと閉じられていくようです。表題の「どげもんか煮え湯飲んだらわかるじゃろ」の句は、私の記憶では14.5年前の番傘同人の所に出た句で、作者の名は失念したが、たしか長崎の人の句である。私は原爆の被災者の苦...【続きを読む】
八月の蝉はピカドンで死んだ
情操教育の一貫として小学生や幼稚園の生徒に、花を植えさしている。また、花壇のコンクリート面に思い思いに絵を描いている。どの絵も天真爛漫、美術館の絵のように理屈はない。私は子供の絵を見るのが好きである。
午前中GG4ゲームスコア80、私としては上出来。午後読書 車椅子の上の17才の少年 石川正一 ...【続きを読む】
グラマンもB29も見たそしてロッキードも見た
あの日は雲一つないよく晴れた日だった。僕は国民学校高等科1年生の12歳。朝から、防空壕を掘るために、朝礼をしていた。閃光の次にどどっと言う地響きそのあとに西の空に上がったきのこ雲をあの時この目ではっきりと見た。呉の近くの下蒲刈島にいたので、爆心地からは30キロくらい離れていたが、広島のほうで何か...【続きを読む】
眼から火が出たと母親逃げ帰り
71年前の8:15分広島に原爆は落ちた。約30キロくらい東の、安芸郡下蒲刈村(現呉市下蒲刈町)に住んでいた。私たち一家は父を亡くして7年目、母方の里へ親子3人が寄留していました。当然のことながら生活は苦しく、母は縫い物の傍ら、時には近所のミカン畑の草取りを手伝って、なにがしかの賃料を頂き、生活の足...【続きを読む】
Loading...





































