認知症モデルチェンジがかなわない
正確に言えば、今年の10月6日まで、家内の介護をした。6年と10ヶ月。泣き笑いも介護ではあったが、それでも笑うことがった。10月の3日、ディサービスから帰って、玄関で転倒。足が不自由になり、10月6日、救急車で入院して以来、厳密な意味での介護がしていない。2ヶ月ほどの入院を最後に、12が4日施設に入...【続きを読む】
面会へ長い廊下を歩かされ
今日最後の見舞いに行ってきた。正月が近づいたせいか、利用者の数が2/3くらいに減っていた。家内はいつもの様に、1人で車いすに座り。壁ぼのおスターを読んでいたようだ。家内の写真を撮っていると、スタッフの方が一緒に摂ってあげましょうと、スマホを催促されたので渡すと、家内がいきなり私の方に手をかけ、ピース...【続きを読む】
値上げなどものともしない年賀状
年賀状の全廃を唱える手合いは100年前にもいたらしい。昭和の初め、随筆家の吉村冬彦が友人の賀状遍歴をたどり、その場当たりな思考に半畳を入れている。「同じ文句を印刷したものを相互に交換する」なら「交換しないでも同じ」。そういい張りつつ、世間に嫌々従ってきた友は五十の坂を越えた途端、心境が変わる。年賀状...【続きを読む】
明日当たりお節が店で待って売る
いよいよ、押し迫って来た。家内の見舞いも明後日29日、最後の洗濯物をもっていって、会って帰るが、どんな顔で迎えてくれるだろうか。その日は内緒で、メイバランスを飲ましてやろうと思う。開ければ、1日洗濯物を届ける日、普通は娘が、行く日だが、その日は私が変わっていくことにする。気の重たい日が...【続きを読む】
独り膳五日づづけているおでん
それでもそのたびに、温めているので、良しとするか。
ご飯を、1合半炊いても、炊いた時だけ、ご飯として食べ、後は、芋粥にして2日、計、3日同じものを食べ、おでんに至っては、5日は同じものを食べるので些か辟易している。その点。自家製のペーストのパン、果物と、ヨーグルト、納豆に黒酢の朝食は、飽きない。独り...【続きを読む】
降参のために残しておく両手
センマガの1月号が届いた。嬉しいことに、わが、川柳奉行の会員の、笹重耕三さんが、1月号の表紙を飾った。これで、鴨田昭紀さんと、私で、3人になった。それが、どしたんなら‼と、広島弁で、どずかれる、かもしれないが、そう、固いことは言わないでほしい。センマガの松岡さんに、感謝するしかない。う...【続きを読む】
姥捨てへ追いやる妻の背を拝む
クリスマスイヴも、去年は二人だったが、今年は一人で、鳥の足を一本、食べたが、家内は何を食べているのだろうか。明日からは正月用の、お節とは言わないが、私の好きなものだけをすこしずつ、会揃えて行こう。今までは、家内と二人分買ったいたが、ものによってはそうはいかないものもある。平餅、豆餅、あんこ餅、黒豆、...【続きを読む】
オーバーのない正月を寂しがり
掲載句は、私がまだ十代の頃、川柳をを知らずに書き留めている五七五である。当時私は、某、紡績会社に勤めていたが、年末のボーナスで、月賦でオーバーを作り、すぐに質屋に入れ飲み食いに充てていた。当時正月と言えば、寒くて、外へは出られなかった。
昨日は、冬至、80年後の日本は、冬至と言えども、オーバーなんか...【続きを読む】
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